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第26話「ジブチの土」

時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ

2025年6月下旬。ジブチ共和国。


アフリカの角。紅海とアデン湾が交わる場所。


豊田通商の現地担当、藤井は汗を拭いながら車から降りた。


気温は四十三度だった。


タジューラ湾沿いの南側の土地。ジブチ市街からは少し離れている。


周囲には何もなかった。


砂と岩と、遠くに海が見えるだけだった。


「ここですか」


隣に立っていた現地のジブチ人スタッフが頷いた。


「そうです。港から南に二キロ。自衛隊の既存拠点からも離れています」


藤井は土地を歩いた。


砂が靴に入った。


太陽が容赦なく照りつけた。


「地盤は」


「岩盤が浅い層にあります。基礎工事は比較的容易です」


「水は」


「地下水を使います。海水の淡水化設備も併設します」


藤井は海を見た。


タジューラ湾が光っていた。


遠くにフランス軍の施設が見えた。米軍の基地もあった。中国軍の拠点もある。


世界中の軍隊が集まる場所に、今度は日本のPMCが来る。


「着工はいつから」


「資材の搬入が来週から始まります。本格着工は七月初旬を予定しています」


藤井は頷いた。


スマートフォンを取り出した。


東京の本社に写真を送った。


砂と岩と海だけの、何もない土地の写真だった。


返信は片桐からだった。


「確認した。予定通り進めてくれ」


藤井はスマートフォンをしまった。


再び土地を見渡した。


ここに基地が建つ。宿舎が建つ。桟橋が出来る。


そして——何かが来る。


藤井には詳細は知らされていなかった。港湾インフラ整備支援プロジェクト。それだけだった。


ただ、規模が普通のODA案件ではないことは分かっていた。


「藤井さん」スタッフが言った。「暑いですから車に戻りましょう」


「ああ」


藤井は最後にもう一度海を見た。


タジューラ湾の向こうに、イエメンの山が霞んで見えた。


2025年7月初旬。同じ土地。


鹿島建設・海外事業部の現場監督、田中は額の汗を拭いながら無線を持っていた。


五十三歳。国内外の現場を三十年渡り歩いてきた男だった。


「おい、そこの基礎、もう三十センチ深く掘れ!岩盤まで届いてないぞ!」


無線の向こうで返答が来た。アラビア語だった。


田中は首を振った。


「通訳!通訳はどこだ!」


鹿島道路の現場事務所のプレハブは、外気温四十五度の中で空調が一台壊れていた。


田中は椅子に座って水を飲んだ。


「なんでこんな場所で港湾工事やねん」


隣に座っていた若い現場員が言った。


「田中さん、これODA案件ですよね。いい仕事じゃないですか」


「いい仕事?」田中は水のボトルを置いた。「見てみい、周りを」


窓の外には砂漠が広がっていた。


「フランス軍がおる。米軍がおる。中国軍もおる。なんで日本の土建屋がこんな場所で基礎工事してんねん」


「でも予算はちゃんとついてますよ」


「そりゃそうや」田中は立ち上がった。「豊田通商さんが仕切ってるから。でもな——」


田中は窓の外を見た。


「浮き桟橋の設計、見たか?」


「見ました」


「あれ、港湾の作業員用の桟橋やないで。何か大きいもんが来る桟橋や」


若い現場員が黙った。


「まあ、俺たちの仕事は作ることやけどな」田中は無線を持ち直した。「さあ仕事や!そこの型枠、もう一回やり直し!」


炎天下に田中の声が響いた。


砂漠の空は、容赦なく青かった。


同じ日。東京・内閣官房。


橘慎一郎は藤井が送ってきた写真を見た。


砂と岩と海だけの土地。


何もない場所だった。


でも一年後には、そこから何かが動き出す。


橘は写真を閉じた。


次の案件の資料を手に取った。


冷めたコーヒーを一口飲んだ。

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