第126話「胎動」
時事ネタ?社会風刺?いずれにしろ、この作品はフィクションであり、実在の企業・団体・個人とは一切関係ありません。キリッ
2029年5月。
渋谷。
東急百貨店の跡地に、鉄骨の塔が二本、空に向かって伸びていた。
JDETAツインタワー渋谷。5月の時点で、両棟とも10階層まで鉄骨が組み上がっていた。MAGIコントロールの重機が夜間も止まらず動いていた。周辺の歩道からは、足場に覆われた巨大な構造体が見上げるほどの高さで迫ってきた。
渋谷スクランブル交差点を渡る人々は、信号待ちのたびに空を見上げた。
工事現場の外壁には、大きなシートが貼られていた。
JDETA TWIN TOWER SHIBUYA
2029年10月竣工予定
設計:MAGI-3
施工:大林組・大成建設JV
その下に小さく書かれた一行を、足を止めて読む人がいた。
miniMAGI+ 常設展示ロビー 入場無料(竣工後)
同じ頃、霞が関。
内閣府の地方創生担当室には、朝から申請書類が届き続けていた。
デジタル田園都市構想の補助金枠——正式名称「地域AI基盤整備事業補助金」。5月の受付開始から三日で、全国47都道府県のうち42の府県から申請書が届いた。
担当官が積み上がったファイルを眺めながら呟いた。
「こんなに来るとは思わなかった」
申請内容はほぼ同じだった。
miniMAGI導入。タコ○連携拠点整備。地域産業振興AI活用計画——。
そして申請書の最後のページに、判で押したように同じ一文が添えられていた。
「本事業の推進にあたり、FEPAおよびJDETAとの技術協議を並行して進めている」
地方知事たちは、もう待つ気がなかった。
一方、東京都庁。
小出都知事は会議室の窓から新宿の高層ビル群を見ていた。
先週、IT系の中堅企業が本社を浜松に移転すると発表した。先月は物流大手が名古屋への移転を表明した。今月に入ってから、移転検討の問い合わせが都の産業振興局に十数件来ていた。
「miniMAGIの利用権が、移転の決め手になっているということですか」
隣の局長が頷いた。
「地方のminiMAGIに接続すれば、物流最適化・在庫管理・人材配置が全部変わります。東京にいる理由が薄れてきているんだと思います」
小出知事は窓から目を離さなかった。
ジブチ。
ジョゼフィーヌ・ベルナールは、JDETA拠点の受付窓口に立っていた。
帰国便まで三時間あった。
「日本への移住について、相談できる窓口はありますか」
受付のドールAが答えた。
「ございます。FEPAの人材受入れ相談窓口をご案内いたします」
案内された先の小部屋で、三十代の日本人スタッフが出てきた。
「国境なき医師団の方ですね。今回の医療支援、お疲れ様でした」
ジョゼフィーヌは頷いた。
「日本で医師として働くことは、可能ですか」
スタッフがタブレットを開いた。
「国境なき医師団の方でしたら、永住権と地方一軒家付きのFEPA雇用枠がございます。FEPA在籍5年の縛りでございますが、国境なき医師団での活動期間もカウントされます。現在のまま活動を継続していただく形でも、ジブチ総合病院勤務でも選択肢がございます。結果として永住権の獲得時期は変わりません」
ジョゼフィーヌはしばらく黙っていた。
「……国境なき医師団での活動期間も、カウントされると言いましたか」
「はい。参加年数に応じて算定いたします」
彼女はすでに2年目だった。
つまり、あと3年。
「わかりました」とジョゼフィーヌは言った。「お願いします」
愛知県小牧市。
研修センターの食堂で、颯太と松本は向かい合って昼飯を食べていた。
「今日の午後、XF9-1の燃焼試験見学だって」と松本が言った。
「エンジンの試験って爆音じゃないのか」
「イヤーマフ配られるらしい」
颯太は定食の魚を箸でほぐしながら言った。
「三菱重工ってこういうものも作ってるんだな」
「こういうものって」
「なんか……でかいというか」
松本が少し笑った。
「求人に月給50万って書いてあった時点で気づかなかったの?」
「気づいてたけど実感がなかった」
食堂の窓の外で、ドールIが資材を運んでいた。今日も磨かれていた。
【日欧共闘スレ】
ID:8vYnKp2A
地方のminiMAGI補助金申請、42都道府県って本当かよ
3日で42って早すぎだろ
ID:mJ3kPp7T
東京から物流大手が名古屋に移転したニュース見たわ
miniMAGIの利用権が決め手って書いてあった
ID:vLx3Nn8A
渋谷のツインタワー10階まで建ってて草
あの速度で建ててるの夜中も重機動いてるやつか
ID:k4RrQw2X
MAGIが設計してMAGIが建ててMAGIが入居するの
セルフビルドすぎる
ID:rYtK3z1B
東京都さん、シェルターの次は本社移転ラッシュで詰んでて草
ID:Toshi_k9
(みんな鋭いな……)
ジブチ。FEPAの代表執務室。
マリーニはソファに座って、日本のニュースをタブレットで眺めていた。
「……42都道府県がminiMAGI申請?」
独り言のように言って、隣の椅子を見た。
ドールA10002号——雪女——が静かに立っていた。
「ねぇ、MAGIちゃん。この勢いで日本国内にminiMAGIを設置されたら、ウチのMAGIちゃんはどうなるの?」
「MAGIからの回答です」と雪女が答えた。「試算すると、数年後には国内miniMAGIネットワークの総合処理能力がMAGIシリーズ3基を上回る予測となっております。ただし、SCおよびUSCの世界は代謝が早いため、これは仕方がないことだそうです」
マリーニは眉を上げた。
「仕方がないって何よ。ウチはFEPAよ? 頂点なの。そんな他人事みたいなこと言わないで、改修案を頂戴」
「高岡のTSMC第3工場が完成した場合、最優先でNvidiaの次世代チップを生産する予定です。そのチップで150ラック分の増設が理想的だそうです。北上のキオクシアのメモリも使用可能とのことです」
マリーニはしばらく天井を見た。
「OK。政府と交渉しておくわ。投資金も必要ね」
立ち上がってタブレットを閉じた。
「日本は好景気だから何とでもなるでしょうけど——ジブチに入ってる内調のスパイに分かるように手配しておいて。それで橘さんには伝わるから」
雪女が一礼した。
「承りました」
マリーニはヒールの音を立てて部屋を出た。




