第5話 HEARTBEATで超えろ!鏡合わせの野性のステップ
一回戦を勝ち抜き、異世界中の注目を一身に浴びるようになった九条みゆとティナ。
しかし、本戦二回戦の対戦カードが発表された瞬間、会場の雰囲気は「恐怖」から「熱狂」へと塗り替えられた。
『さあ、本戦二回戦! 技巧の人間か、それとも本能の獣か! 登場するは獣人族最強の混合チーム「ワイルド・パルス」だぁぁ!!』
実況の咆哮と共に、ステージの四方からしなやかな体躯を持つ獣人たちが躍り出た。猫系の軽やかな身のこなしの少女、犬系の屈強な四肢を持つ青年、そして背中に巨大な翼を広げた鳥系のダンサー。
彼らは音楽を待たず、すでにその肉体そのものがビートを刻んでいる。
「みゆ、気をつけて。あいつらは厄介よ」
ティナが珍しく、余裕のない表情で警告する。
「獣人族の秘技『ワイルド・ミラー』。あれは相手のダンスを盗むだけじゃない。盗んだ動きに、自分たちの圧倒的な『獣の身体能力』を上乗せして返してくる。言わば、超強化された自分自身と戦うようなものよ」
「……鏡合わせの自分、か」
みゆは深く息を吐き、スマホのプレイリストから、あえて複雑極まりないポリリズム(複合リズム)のジャズ・ヒップホップを選択した。
模倣される技巧
バトルの火蓋が切って落とされた。
みゆが仕掛ける。アイソレーションを駆使し、首、肩、胸、腰をそれぞれ別のリズムで動かす、人間離れしたアイドルの超絶技巧振り付け。
しかし、対峙する猫系の少女は、一度それを見ただけで、みゆの動きを完全にトレースしてみせた。
「嘘……!?」
それだけではない。少女は猫系の柔軟すぎる関節を使い、みゆ以上の可動域でそのダンスを再現し、さらに獲物を狩るような鋭い「野性」をエッセンスとして加えた。
犬系の青年は、ティナのポールダンスの回転を即座に模倣。そこに圧倒的な脚力による跳躍を加え、本来地上で行うはずのステップを空中三メートルの高さで展開する。
これが『ワイルド・ミラー』
みゆたちが一歩踏み出せば、相手は二歩の力強さで返し、みゆたちが一回転すれば、相手は三回転のスピードで上書きする。
自分たちの得意ジャンルで戦えば戦うほど、獣人族の身体スペックの前に、みゆたちの影は薄くなっていく。
「はぁ、はぁ……っ。自分のダンスが、凶器になって返ってくる……!」
ティナの顔に焦りが色が浮かぶ。
ミラー(鏡)という必殺技の性質上、みゆたちが高度なダンスを見せれば見せるほど、それを上乗せして返す獣人たちのパフォーマンスは輝きを増し、観客の判定を奪っていく。
鏡を砕く「即興」の極致
「……ティナ、ミラーを逆手に取るわよ」
みゆの瞳に、振付師としての冷静な光が戻った。
『ワイルド・ミラー』は最強の崩し技だが、致命的な弱点がある。それは「相手を見てから動く」という、後出しの論理だ。
「型があるから、模倣される。……なら、型なんて捨ててやる」
みゆは音楽のテンポを無視し始めた。
それはもはやダンスという枠組みすら超えた、純粋な「衝動」の連鎖。
ヒップホップのステップを踏むと見せかけ、着地の瞬間にバレエのピルエット(回転)に切り替え、その回転の途中でカポエイラの蹴り技を混ぜる。
さらに、日本の伝統芸能である「神楽」の不規則な足拍子を、タップダンスの刻みに強引に繋ぎ合わせた。
「なっ……!? 動きが、読めない……!」
猫系の少女が混乱する。あまりに複雑で、かつ前後の脈絡がない「九条みゆだけの即興」に対し、ミラーのトレースが追いつかない。
「ここよ、ティナ! 鏡を叩き割るわよ!」
「任せなさい!」
みゆの予測不能な動きに合わせ、ティナがポールの高さを変幻自在に変えながら、エロティックかつアクロバティックな援護に入る。
みゆのダンスは、半径五メートルを包み込む柔らかな黄金のオーラへと変わっていた。それは相手を支配するためのものではなく、観客と、そして対戦相手すらも「心地よさ」の中に巻き込む、圧倒的な多幸感の渦。
対する獣人たちは、みゆの「次」を読み取ろうとして自らのリズムを崩し、その超人的な身体能力が仇となって、自分たちの動きで自爆するようにステージに沈んでいった。
野性を超えた「心」
最後の一音。
みゆが静かに指先を天に突き出したとき、会場には一瞬の静寂の後、爆辞のような歓声が降り注いだ。
『決まったぁぁ!! 獣人族の野生を、人間が「混沌」でねじ伏せた! 鏡を砕いたのは、九条みゆの無限の引き出しだぁぁ!!』
ステージ上で肩で息をする獣人たち。猫系の少女は、悔しそうにしながらも、みゆに歩み寄ってきた。
「……私の野性、あんたの踊りに引っ張られた。自分の場所を見失ったよ。……負けたよ」
息を切らしながらそう言った。
「ありがとう。……でも、あなたの身体能力、本当に羨ましいわ。もし私がその体を持ってたら、もっとすごい振り付けができるのに」
みゆの率直な言葉に、獣人たちは毒気を抜かれたように笑った。
予選、本戦二回戦と、着実にこの世界の住人の心を「ダンス」で掴んでいく九条みゆ。
しかし、トーナメントの影では、この「熱狂」を冷ややかな目で見つめる存在がいた。
次なる舞台は準決勝。相手は、空間そのものを支配する最強の種族――龍族。
そして、ついに「刺客」の影が、二人の足元にまで忍び寄る。




