48.半魔にとってはそれしかなかった。
「ヴィー!!!」
バキャンッ!!と、扉が蹴り開かれると同時に四散する。
アクセルの目眩まし魔法により妨害もなく大聖堂の地下聖堂まで突入できたニーロだが、まだ状況も全ては把握できていない。
ただエンヴィーの危機だという情報だけで、目の前の光景を理解することは困難だった。大聖堂の地下に広がる広大な空間も魔法陣も全てが初めて知るものばかりである。
しかし、魔法陣の中央で力なく倒れているエンヴィーの姿を見ればそれで行動に移るには充分だった。
継承魔法が完了するまでのんびりと結界の中で待っていた教皇も、これには慌てて立ち上がる。
何故ここにニーロがと目を剥くが、原因など一つしか考えられない。闘技場で接点ができていたことは知っていたものの、まさか昨日の今日でニーロとアクセルが結託するなど思ってもみなかった。
「ッ神聖なこの大聖堂にどこまでズカズカと踏み入れば気が済むのだ……!!」
歯噛みし皺のはいった顔でニーロを睨むが、その間にも接近はすぐだった。
半魔であるアクセルと違い、ニーロに神聖魔法の結界など意味がない。教皇が立ち上がるまでの動作をする間にも、一気に飛び込み距離を詰めたニーロはあっという間に教皇の眼前だった。教皇を左肘で押しのけ、膝を折り聖女を抱き上げる。
「ヴィー!起きろ!」と繰り返し呼びかけるが、酸素を欲し息を荒くするだけの聖女は、目を開けるどころか意識すら定まっていない。
ハァッハァッ……と苦しげな呼吸音を放つ聖女は、高熱に浮かされるような姿に反しその身体は酷く冷え、凍えていた。モイがピィピィと聖女の上で鳴く中、更には大量の汗のせいで余計に身体が濡れる聖女にニーロはひたすら呼びかける。
「教皇ッ様!!どういうことです?!なんでこんな状態のヴィーを……」
「ニーロ皇子殿下、聖女をお戻しください。ここから出しても同じです。聖女の命はもう取り返しようはありません」
突き放すような態度で、聖女の横たわっていた床を指し示す教皇にニーロは思わず絶句する。一体何がどうなってそんな事態になったのか、意味がわからない。
結界の外からアクセルがひたすらに「聞くな!!」「さっさとこっち寄越せ!!」と叫ぶ声も一瞬聞こえなくなった。小さな聖女を固く抱き締めながら、自分の手のひらまでもが湿り、喉が干上がる。
ニーロの勢いがせき止められたところで、教皇は寄越せと言わんばかりに手を指し示す。「これは仕方ないことなのです」と険しい顔で弁を振るう。大勢の信者達の前で説教を繰り返してきた自分なら、たかが剣闘士の皇子もどきであれば説き伏せられると声を張る。
別に完全に丸め込む必要はない、継承魔法さえ完了すれば全てはどうとでもなる。何より自分の行いは間違ってなどいないのだから。
「神聖魔法を展開した後です。これは特別な術式で、取り消すことは展開した私にも不可能です。聖女は残りの全てを教皇であるこの私に継承することで」
「ッッ死んでも魔力奪う気だ!!ジジイから離せば時間は稼げる!!」
瞬間、ニーロの眼差しが鈍く光った。
教皇の威厳を演じるその口ごと、顔面へ鋭い回し蹴りが躊躇なく放たれる。
剣闘士の蹴りを受け、教皇は大きく頭から仰け反り吹き飛び、結界範囲からも大きく飛び出した。頭を打ち付け床に転倒し、そのままゴロゴロと広大な地下聖堂の端まで転がった。
顔を陥没させた教皇を確かめるまでもない。蹴り飛ばした足で振り返りざまに床を蹴ったニーロは、教皇が床に頭を打ちつけるよりも前に正反対にある出口へと走っていた。聖女と共に結界を抜け、アクセルと合流すると同時に階段を駆け上がる。
もっと教皇を問い詰めたい気持ちも、原型が無くなるほど殴り潰したい欲も同時に湧いたが、今は何よりもエンヴィーの延命を優先する。
「ッおい!!どうすりゃあ良い?!!教皇とどんぐらい離れれば良い?!もう中断できてんのか?!」
「うるせえ!!聖女をさっさと結界から連れて来いつったのに教皇にグダグダ足止めされやがって死ね凡族!!!」
教会へ向かうまでの間に伝えた唯一の指示にすら時間をかけたニーロに、激昂し走りながら怒鳴り散らす。
教皇の事情も死ぬほど聞く価値はなかったというのに、何度叫んでもニーロが聖女を回収してこないことに苛立たさせられた。しかしそれでも最終的には御託を並べた教皇を遮る、ニーロ自身の優先順位を捉え簡潔に叫んだアクセルの勝利だった。
「とにかく!まずは魔法止めねぇと次打つ時間もねぇ!!城だ!皇子なら宮廷魔導師呼べんだろ!!」
「アンタ解けねぇのか?!!」
「俺は呪い専門だ雑魚剣闘士が!!」
大聖堂の階段を駆け上がれば当然見張りが目を剥き、振り返る。
目眩し魔法を使っていようとも大騒ぎしているところを注目されれば意味がない。が、武器を構える暇もなくアクセルに突き飛ばされ兵士も意識を失った。
ドタタタッと音を立てながらも凄まじい速度で大聖堂の外まで一気に駆け抜ける。警備が武器を構えるまでに至っても、二人の逃亡の方が速かった。さらにはたかが兵士が勝てるわけもない。
聖女を抱えるニーロに代わり、先導するアクセルが立ち塞がる相手を薙ぎ倒すが「ッ殺すな!」とニーロに注意を受けるほど、力の加減もできていない。殺す気はないが、急げば急ぐほど手加減も抜けてしまう。
神聖魔法の知識もあるアクセルは、教皇の使用した継承魔法が生者にどれほど危険なのか、そして教皇の言う通り一度展開に成功すれば取り消しができないものであることも知っている。それほどに神聖魔法の造形は深い。が、同時に半魔である為、神聖魔法を扱うのは不得意だ。
子どもの頃から自分の半魔を浄化する方法しか研究してこなかった為、解くことができるのも呪い関連だけである。よりによって神聖魔法を解く魔法など使おうと思ったこともない。
神聖魔法は使用こそ才能の有無が関わるが、あくまで〝魔法〟であることは変わらない。
解除まではできずとも、効果を食い止めることくらいは他の属性魔法でもできる。ならば阻害魔法をかけさせるのが最も効果的な応急処置である。ちょうど第四皇子という城の伝手もあり、危機に瀕しているのは聖女だ。城に乗り込み宮廷魔導師を動かすくらいは不可能ではない、最も迅速な対応策だ。……ただし。
その城へ向かうまでの大広場を中心とする道全てを、民衆が埋め尽くしていなければ。
「だああああああああああクッソが!!!!」
「屋根使うぞ屋根!!」
大通りに近付いた時点でもう城への経路全てが埋め尽くされていた。
大広場で行われる皇帝による重大公表を拡声魔法が届く場所で聞こうと、そして皇帝の姿を一目見ようと民が集っていた。正規の経路で城に向かえば、まず辿り着くのが困難なのは目に見えている。
苛立ちのあまり足踏みとともに地面にクレーターを作るアクセルに近くにいた民が響めき離れたが、城までの距離全ての民を脅して道を開けさせられるわけでもない。
聖女を抱えたまま手近な屋根に飛び乗るニーロだが、本心を言えばエルフなら空を飛ぶくらいの魔法は使えないのかと問いたい。
しかし既に一度怒鳴られた上、魔法下手の自分が二度もそれを言うのは流石に憚れた。エルフは魔法が得意な種族だと思っていたが、今自分の隣で地団駄踏むエルフは試合でも一度も空を飛ばなかった。
屋根伝いを同じく選ぼうと構えるアクセルだが、城の警備はそう薄くはない。このまま屋根を飛び移っても本来の大通りよりも時間がかかることはひと目で読めた。しかも今は屋根にさえ登っている民も多い。反して大広場とは正反対の市場は人口も少なく道もがら空きだというのにと振り返った時、……思い出す。
『明日、ここで待ってるから気が変わったら来て』
城よりも遙かに近く、大通りとは離れ、警備もなにもないただの料理店で、聖典の旅に同行者として選ばれる実力を持つ魔導師がいることを。
「ッこっちだ!」
周囲の誰もが振り向く声で叫ぶアクセルに、ニーロも目を丸くしつつ屋根を飛び降りた。城とは全くの別方向に向けて駈け出すアクセルを慌てて追いかける。
城への経路は他の誰よりも知っている自負がある自分でも訳のわからない先導に「どこいくんだ?!」と叫びながら、それでも今は従った。
今月25日に書籍発売します本作が、なんと信じられないことにコミカライズして頂ける方が決定しました…!
https://x.com/ovl_infof/status/2013567189060854265?s=46&t=mp-htZMi0-G7n-_gRu0PRQ
皆様のお陰です。ありがとうございます…!




