潰し合い、
バキンッ。
槍を、折った。
剣闘士として遠慮なく槍を振るったニーロの腕とアクセル本人の丈夫さに武器の方が悲鳴をあげた。闘技場の借り物とはいえ、きちんとした武器は木の棒とは違う。そう簡単に折れる筈はない。にも関わらず、刃のある矛部分がボッキリ折れて地面に落ちたことに、振るったニーロの方が驚いた。
今までも槍を折ったことはあるが、それは鉄製の盾や鎧、柱に当たった時だ。つまり目の前のエルフは鎧や柱より丈夫なのかと思えば、うっかり目の奥が危うげに輝きかけた。
期待以上に強敵のアクセルに、本来の目的すら忘れかけて血が騒ぐ。本当に愛槍を置いてきたことを心の底から悔いながら、先のなくなった槍を握る。
しかし好戦的なニーロと違い、観衆は受け入れるばかりではない。
「槍が折れただと?!」
「ニーロの槍で吹っ飛ばないわけあるか!どんな魔法使ったんだ?!」
「身体強化か?!魔導具らしいのどこにも着けてねぇぞ!!」
ざわざわと歓声のみならず戸惑いを主張する騒めきまで広がり出した。
魔法使用可能だからこそ反則の声は入らないが、見せかけだけの為にも防具らしいものを身に付けておくべきだったとアクセルは今更ながら思う。試合の回を増すごとに感覚を取り戻してきている自分がまさか、最後の最後に直接攻撃を受けるとは思わなかった。しかも、まんまと誘導に釣られて直撃し手が痺れ、その上での後頭部だ。
「……………………」
屈辱、と。その言葉がアクセルの脳裏に刻まれる。
手を抜いた憶えはなかった。むしろ今までの試合で一番本気で本調子に近い筈だった。
怪我こそしなかったものの、それはただたまたま自分の身体が丈夫にできていただけで、エンヴィーの言う通りに本来ならば怪我どころか昏倒させられていた事実が、ガリガリと削るように矜持に響いた。
ゆっくりとした動作で、矢を取り弓を引く。背負った籠の矢も残り少ない中、貴重な一本を使用するアクセルにニーロも身構えた。次は何をやってくる?何を隠し持っている?と口元が不敵に笑むが、アクセルの出方を読もうと表情へ視線を向ければ直後には僅かに肩が上がった。
さっきまで金色だった筈が、今は赤と黒の魔眼に異彩を放っていた。
まるで魔物のような禍々しい色に、目を疑い瞬きを繰り返す中、アクセルは限界まで引いた弓の照準をニーロから大きくその頭上へと引き上げる。遠目で試合を観戦する観衆でもわかる、見当違いの方向は観客席のある角度よりも更に空へと近い。
アクセルのその照準意図を理解したのは、選手控え口で見守るエンヴィーだけだった。
ヒッ?!とまさかの予想に息を止める中、制止の声を上げるよりも前にアクセルの弓が放たれる。シュバンッと鋭い一本の矢が、誰が見てもニーロには当たらないことは明白。ニーロ本人も視線誘導の可能性を鑑み、身構えながらも矢の先を視線で追う。自分の頭上、その遙か上空へと放たれた矢が突如破裂し眩い光を放ったとそう理解した直後、攻撃を正しく理解したニーロは流石に喉を干上がらせた。
破裂した矢が、無数の矢となり雨のように振る注ぐ光景に。
─ ニーロは魔法駄目なのに!!!!
〝分裂魔法〟
そう、アクセルの自然魔法を知るエンヴィーは口を両手で覆い、思考で叫ぶ。魔法が使用可能とはいえ、本当に魔物相手でもないのにニーロにその魔法を使ったことに指の先まで硬直して悲鳴も出ない。
自然由来の物体を分裂させる魔法が矢に込め、放られた。天高く打ち上げられた矢が魔法で無数と呼べる数まで増え、一群となってニーロへ鏃を下に降り注ぐ。
本来ならば同じ魔法で無効化するか、防御するのが定石だ。しかしエンヴィーは知っている。ニーロは魔法の使用が苦手なことを。魔法で迎撃方法を持たないニーロに分裂魔法はえげつなさ過ぎる!!とアクセルの容赦なさに目を見張る。
そして彼女の予想通り、流石のニーロもこれには「おおおっ?!」と遅れて声が出た。
自分の足でも逃げ切れないほどの広大な範囲に、先端の無くなった槍を握り直し自分の頭上へ向けて旋風するように高速で回転させた。振ってくる矢を弾き、バチバチバチッ!!と音を響かせる中、ニーロは全神経を降り注ぐ矢へ集中させる。一本でも刺されば手が止まる。手が止まれば残りの矢が容赦なく自分の身体に突き刺さると、奥歯を噛み締める。
こんなことになるのなら鉄仮面も途中で放り捨てずに使うべきだったと思うが、今はただ弾くしかない。
降り注ぐ矢の攻撃もさることながら、その中で一人攻撃を撥ね除け続けるニーロに最後の一本まで歓声は上がり続けた。身体は無事守り切ったニーロだが、槍を回し続けた手に矢が何度も擦れ突かれ血が滴った。それでも全指がくっついていることに、ほっと息を吐いた直後。
ぐわりと、全神経が騒ぐほどの覇気に身体が動いた。
「ッ?!!」
ガキンッ!!と反射的に構えた槍と、いつの間にか至近距離まで迫っていたアクセルの弓が音を立てぶつかり合う。
魔法付与された矢の雨に自身もニーロに近付くことはできなかったアクセルだが、彼が最後の一本を弾くのに合わせて目眩まし魔法で存在を消し、飛び込んでいた。しかし歴戦のニーロも、覇気を溢れ出させるアクセルを五感以外の全てで感じ取った。
まるで剣技のように互いの武器が交差する中、お互いの腕よりも武器の方がパキパキと悲鳴を上げる。武器の限界を知る亀裂の響く感触に、今度はニーロが先に切り換えた。
拮抗する武器へ一瞬の緩みもなく拮抗させたまま、右足を大きく振るいアクセルの脳天を狙う。その攻撃にアクセルも片手を弓から放し、蹴りから頭を庇った。人間の蹴りくらいと、過ったのも束の間に覚えているのは自分の手を痺れさせた衝撃だ。頭にくれば、今度こそ気を失いかけかねない。なにより、もう二度も不意打ちは許したくなかった。
バキンッ!とニーロの蹴りがアクセルの手に弾かれ、同時に片手持ちになったアクセルの弓は弾かれる。
弓を落としたアクセルに合わせるように、ニーロもそこで槍を手放した。弾かれた足が地面に着地するべく身体を捻らせると同時に、装備していたベルトへと手を伸ばす。ベルトに引っかけられた二本の内、一本の短剣を指でピンとかけ持ち上げた。槍のように闘技場の借り物ではない、使い慣れたニーロの所有武器だ。
蹴りのまま近接戦闘が続く中、短剣を素早く振るえばそこでアクセルもまた半魔の手で防ぐ。一閃の直後、…………防いだアクセルの手の平が大きく裂け血が吹き出した。
ぶしゃりと勢い良く吹き出した血が、ニーロの顔にもかかる。吹き出した深紅よりも、思わず手を引っこめるほどの鋭い痛みにアクセルは息を飲んだ。半魔の自分にたかが刃物は効かないと、過信したのが間違いだった。
─ 魔道具かクソッ!!
魔道具を組み込まれた短剣。魔力の伴う武器であれば、魔物にも当然半魔にも効く。まさかさっきまで一度も魔法を攻撃にも防御にも使ってこなかったニーロが、ここに来て魔道具を出してくると思わなかった。
久々に思い出す傷の痛みが、どうしても思考を邪魔する。その間にもニーロの短剣による斬りつけは止まらない。剣よりも遙かにリーチが短く、だからこそ相手もまた近距離に迫ってくる短剣の攻撃では弾くことすら難しく、更には落とした弓を拾う余裕もない。それどころか、短剣を避ける為に足を動かせば動くほど弓からも離れていく。最後にはニーロに踏み壊され、その背後へ蹴り飛ばされた。
魔道具による素早い横振りの斬りつけは、今まで以上に一瞬の隙もない。避けることで精一杯になるアクセルは、蹴り一つすら狙ってもニーロは身軽に避け、むしろ蹴りつける足へも短剣を振るってくる。攻撃をすれば、回避と同時に斬りつけられるこの流れは不味いと、膝の切り傷に歯噛みしながらアクセルは考える。
弓がない今、距離を大きく取っても自分に攻撃方法など矢を手で投げるくらいしかない。そして、そんな単調な攻撃ではニーロにはすぐに避けられまた距離を詰められることも予想ができた。しかし近距離のまま回避を続けるだけではいずれ……と、自分の敗北が目に浮かんだ瞬間屈辱と共に、一度地面を蹴
「逃ッッがすか!!」
「?!」
アクセルが跳躍で距離を取ろうとする動きを、ニーロも見逃さない。
両手持ちに変えた短剣を、鋭く差し込むようにアクセルの心臓へめがけて突き入れる。大声と、そして急所を狙った至近距離からの一撃にアクセルも跳ねるべく溜めの間もない。後方へ一気に距離を取るよりも先に、直進の短剣攻撃を間違いなく回避すべく横へ転がるように逃げた。
ニーロの短剣がアクセルのいた場所へと空を切り、アクセル自身はニーロの右側へと全身で回避を成功させ、その直後体勢を横に崩したその顔面を、跳ね上がったニーロの足が鋏む。
空中で身体をひねらせ、勢いのままに足の力だけでアクセルを持ち上げ、地面へと叩きつけた。
アクセルが短剣を避けてから、その顔面が地面に叩きつけられるまで一瞬の出来事だった。本来であれば相手の首の骨を折る攻撃に、ニーロも息を切らせながらアクセルからすぐに足を離す。自分も地面に腰をつけたままじりじりと下がる中、歓声が一際大きく膨らんだ。地面に亀裂を作ったままバタリとうつ伏せに倒れたアクセルに、誰もがその生死などどうでも良い。闘技場不敗神話をまた一つ築いたニーロへ称賛の嵐を
ガッ、と。
「ッぃやっぱか!!」
突如、右足を掴まれたニーロだけが予想をしていたように声を上げ顔を引き攣らす。
おおっ?!!と驚愕が続けて漏れる中、うつ伏せからゆっくりと顔を上げたアクセルの赤く光る魔眼に息がまた止まった。




