39.半魔は挑み、
─ 潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す潰す絶っっ対ぶっ潰す。
剣闘士の試合開始に握手など必要ない。ただ相対し、合図を待つだけだ。
一定距離を空け、合図の音も飲み込まんばかりの歓声と罵声が混ざり合う会場の中心で、アクセルは目を据わらせる。じとりと睨む先では、決勝試合相手であるニーロが準備と言わんばかりに予備動作で短くその場で跳ね、呼吸を整えていた。
試合を目前に、今にも弓を引いてやりたい気持ちに駆られながらアクセルは牙を食い縛る。アクセルもわかっている。聖女の言う通りニーロがふざけただけの男ではなくその実力ある剣闘士であることも、準決勝直前の三試合を見れば明らかだ。しかしそれでも、目の前で子兎のようにぴょんぴょん跳ねられるだけで自分をおちょくっているように見えてしまう。
だからといって対戦目前に目を逸らすわけにも瞑るわけにもいかず、さっさと試合を始めろと丸い背中で身体をゆらりと左右に揺らす。
もともとニーロ相手に闘争心が湧いたところで、エンヴィーに最後発火されたことが尾を引いていた。
─ なんで急にこの俺が負けるなんて思われんだふざけんな。
ここまでの試合、連戦快勝したニーロの実力はわかる。しかし、それを言うならば自分も試合では全て圧倒的快勝だった。それなのに急に手の平を返して心配されたことが腹立たしい。そして、たかが人間相手に負けるかと大見得切るのも嫌だった。
エンヴィーが心配したのは〝両者の怪我〟であり〝アクセルの敗北〟ではないが、そんなことはムキになるばかりのアクセルには伝わらない。こうなれば絶対にこの男をボコボコにして負かせてやると考える。
もともとエンヴィーに贔屓されている幼馴染みの彼が様々な意味で煩わしくもある。
そんなアクセルの心情など知らず、予備動作で低空に跳ねるニーロの目はただただ真剣に彼を見据える。
マリウスとは当たらなかったとはいえ、決勝にまで辿り着いた猛者だ。弓という遠距離武器もまた槍が主流武器である自分には面倒である。今まで闘技場で様々な戦士と命を掛けてきたニーロだからこそ、油断はしない。今回はただでさえ魔法の使用可能という可能な限り〝実践〟に誓い大会規定だ。そう、自分が決めた。
それに対し、自分は愛槍も今は持っていない。もともと剣闘士を引退したつもりだったニーロは、エンヴィーに会いに行く前に槍も置いてきてしまった。自分なりの引退の証のつもりだったが、まさか闘技場に舞い戻ることになるのなら持ってくるべきだったと思う。お陰でマリウスとの戦いも想定よりも疲弊した。
魔道具も仕込んだ戦士達と違い、闘技場から借りた槍での戦闘は、一歩間違えれば死ぬ臨場感は味わえた。が、武器としての性能の低さと使いづらさは否めない。しかしそれは、アクセルも同じなのだろうと彼が持つ弓を見て思う。闘技場の借り物だと見慣れたニーロはひと目でわかった。
つまり自分と同じ、手に馴染んでいない武器で決勝まで勝ち進んだ実力者だ。
「……悪いが、ちょっと試させてもらうぜ。アンタが本当にヴィーの言う同行者を任せられるのかをな」
「ハァ?んなもん、お前に選ぶ権利がどこにある?」
バチリと、翡翠と黄金それぞれの眼光が火花をもって弾け合う。
二人から溢れ出す覇気に押されるように、そこで試合開始の合図が響かされた。期待を胸いっぱいに膨らませる観衆が雄叫びを上げるよりも一瞬早く、ニーロが地面を蹴った。
事前に開けていた距離など無意味だと言わんばかりにあっという間に距離を詰めていく。遠目でニーロの戦闘を目にしていたアクセルも、相対すると体感が全く違った。ニーロが自分に向かっていると認識した時にはもう半分以上縮められていることに、僅かに背中を反らす。
自分から距離を取るよりも先に矢を抜き、弓を引いた。あっという間である筈のその動作の間にも、ニーロはもう次の動作に移れるまで接近できていた。弓の照準を合わせられる前に地面を蹴り、自分の足よりも長い槍をアクセルの腹へと鋭く振るう。
アクセルが照準を合わせるよりも一手早かった。これにはアクセルも弓を撃つよりも回避を優先し、右へと逸れる。地面を蹴り、身体を大きく傾けた体勢のまま今度こそ矢を放つ。
自分のいた場所へと飛び込んできた隙を狙うが、ニーロも槍を回転させるだけで矢を弾き落とした。構わずアクセルもニーロが体勢を立て直す前にと三発を連撃で放ったが、片手の動きだけで回転させた槍がまるで巨大な盾のように全てを弾いた。
爆発的な歓声が膨らむ中、アクセルは舌を打ちながら後方へと地面を蹴った。
ひと跳ねで試合開始前よりも大きく距離を空ければ、何度も試合で目にしたその跳躍力に観客は浮遊魔法だと信じて疑わない。そしてニーロもまた同じだ。
一瞬で距離を空けられたのは目を見張ったが、魔法使用可能な以上考えられる手段だ。空中から攻撃を放たれることも、爆発的な跳躍を見せられるのも、魔道具を使われれば不可能ではない。剣闘士として、魔法戦闘に慣れていないだけだ。
自分で望んで決めた大会規約に文句はない。振り返った瞬間には長距離から放ってくるアクセルの弓矢を、左右の動きで避けながら再び突進するように距離を詰める。弓は槍と違い、本数も限られている。いつまでも長距離攻撃でいられるわけではない。三本、四本と避け続け、アクセルが残りの本数を惜しみ始めたところで、今度はニーロが跳ねる。
逆向きに構えた槍を地面に突き立て、その反動で自分そのものを天へと飛び上げた。
ニーロ本来の跳躍力も加わり、半魔であるアクセル以上の高度だった。観客も喝采を鳴らす中、見上げすぎて太陽に目が眩むアクセルが顔を顰めた直後、その隙を見逃さないニーロが槍を投げ放つ。ニーロよりも投げ放たれた武器が風を切る音にアクセルは反応し、大きく左に逸れた。まるで魔法攻撃のような速度と、地面に深く突き刺さる威力に魔法を使ったのかと回避直後に考える。
しかし解明しようと思考を回すのも束の間に、地面に突き刺さった槍を追うように誘導した先へとニーロの蹴りが弾道のように打ち込まれる。槍がただの誘導だったと、アクセルが歯噛みする時にはもう遅い。
鈍くも響く殴打音が、観衆の耳にも届いた。
「アァッ?!……!」
「……マ、ジかおい」
二人の声が意図せず殆ど揃う。
ギギギッと拮抗と互いの身体が軋む音が交差する中、動きが止まったのはほんの数秒だった。空中から打ち放ったニーロの跳び蹴りの威力を交差した両腕で受けビリビリとした衝撃と息まで詰まらせたアクセルと、自分の渾身の蹴りを腕二本で吹き飛ばずに堪えられたニーロは互いが信じられない。
半魔のアクセルは物理攻撃が〝殆ど〟効かない。あくまで〝殆ど〟だ。
魔物の血が流れているとはいえ、半分はエルフである以上、全く効かないわけでない。効きにくいだけで、規格外の衝撃を受ければ通り怪我や死ぬこともある。しかしあくまで〝規格外〟の攻撃だけ。人間に鈍器で殴られた程度では血も出ない。過去には倒れた本棚の下敷きにされても痛くも痒くもなかった。
それなのに、今ニーロの、ただの人間の跳び蹴りがビリビリと骨にまで響いたのをアクセルは確認した。まさか靴が魔道具なのかと、黄金の眼孔で睨むが自分にはわからない。
弓を脇に挟み、腕の感覚を戻すべく大きく上下に振った。さきほどの投げられた槍も、魔力が込められたものでかつ、避けられなければ間違いなく貫かれていたと自覚する。
そしてニーロもまた、平然と立っているアクセルへ抱くのは同じような感想だった。
意外性と驚愕も合わさり、口角が僅かに引き攣るように笑ってしまう。槍で回避誘導をしてまで、真正面に打ち込んだ跳び蹴りだ。分厚い鎧を着ている戦士ですら吹っ飛ばした実績がある大技の一つを、鎧も装備していない腕で弾かれるなど想像もしなかった。
反動を利用し、一定距離先に着地した後もどういう仕組みなのかと考えてしまう。エルフとは数度手合わせをしたことはあるがこんな丈夫な奴はいなかったと思う。むしろ彼等は身軽で、風のような印象だった。アクセルの跳躍力には納得できた分、この重さは想定していなかった。
手の痺れと感覚がすぐには戻らないアクセルが調子を戻す前にと、ニーロは注意だけは向けつつも地面に突き刺さった自分の槍を回収に走る。
深々と刺さった弓を引き抜き、まだ損傷していないことを確かめながら両手でくるりと回転で感触を確かめた。
足も、防がれはしたものの自分に影響はない。再び飛び出し、アクセルが弓を構えるより先に一手まだ先を行く。印象を付かせた蹴りを真正面から振るうように見せ、……注目させたところで傾けた身体の軸ごと槍を横ぶりにその後頭部を狙い打ち込んだ。まだ手の感覚を持て余していたアクセルの隙を突いた攻撃は、見事後頭部へと当たり
バキンッ。
「い゛っ?!!」
「………………………………」
槍を、折った。




