38.聖女にとっては大ピンチ。
「えっ、えっこれどうなっ……どうなってるの?!!」
うおおおおおぉぉぉおおおおっっ!!と雄々しい歓声と声援に紛れて私の叫びも無に帰る。
選手通用口。本来ならその試合に出る選手の同行者と警備しか立たないそこに、私とアクセルはこっそり立っていた。準決勝までの間に負けた選手は控え室を去って、……そして観客席に上がって叫んでいる。
今回は魔法使用可能だったからか、殺し合いに発展する前に気を失ったり場外に吹き飛ばされたり動けなくさせられただけで重傷や死亡する戦士が少なかったこともあると思う。距離も離れている筈なのに、それでも自分の声すらよく聞こえないほどに野太い歓声が大きかった。
準決勝試合も、アクセルは難無く勝ち上がってくれた。私も初めての選手控え口の特等席で、何度もアクセルの元気な戦闘見れたり、あの格好良い弓を見れたりで大興奮だった。
流石逆行前も結界から抜け出してすぐに故郷を襲った魔物を全滅させたアクセルは、試合を繰り返すごとに戦闘の感覚や弓の扱いもどんどんこなれていって、もう瞬きが勿体ないくらいに格好良かった。このまま決勝でマリウスにも勝って一角獣の蹄も間違いないと、……そう思った矢先のことだった。
ニーロが、準決勝に乱入したのは。
しかも闘技場の公認。私が準決勝を終えたアクセルに燥いでいた間に、どうやらニーロが闘技場に姿を現したらしい。
そのまま闘技場関係者と協議を進めて、あっさりとニーロの途中参戦が準決勝にも関わらず認められた。あくまで復帰ではなくて、この大会に途中参戦の形みたいだけれど、……しかも観衆全体が苦情どころか大盛り上がり。ニーロの登場に待ってましたと声を張り上げての大会一番の大喝采だった。
ニーロも準決勝をする予定だった出場選手に悪いと思ったのか、ハンデを背負う為に……そこからはもう別のお祭りみたいだった。
準決勝を前に、今大会の敗退者にその場で挑戦を募って大勢対自分一人で三十分も耐え抜いた。野犬とか弱い魔物とか、犯罪奴隷とか使って多勢無勢の試合形式もあるのは知っていたけれど、まさか今回の大会でそれを見ることになるとは思わなかった。しかも途中から対戦相手の数を半数に減らすくらい結構余裕そうだったから、闘技場の開催時間さえ問題なかったら一時間でも平気でいられたと思う。
そして三十分無事に耐え抜いた後は、そのまま休む暇も持たずに準決勝試合予定だった一人と試合をして勝ち抜いてそして今、もう一人の準決勝予定選手だったマリウスにも勝利を収めた。
一戦目は場外、二戦目とのマリウスもニーロは時間の関係で休憩時間なかったのにそれでも快勝!!マリウスが敗北を宣言してニーロが認めた形だった。…………正直、逆行前には見れなかったマリウスとニーロの試合が見れてすっっごい嬉しいし手に汗握ったし見れて良かった!!男が惚れる背中の声援いっぱい降り注ぐ姿は格好良かったし、ニーロはずっとマリウスとの試合を大事な思い出にしていたし、逆行前ではニーロの引退試合でもあったから!!でも!だけど!!
「おッし!!かかってこいニメトォォォン!!!ニメトンなんざふざけた名前しやがって本気でかかって来やがれド新人がああ!!」
ニーロ大興奮でかなり頭に血が上っちゃっているよ?!!!しかも流石皇子様のニーロ!エルフの言葉でニメトンが「匿名」って意味ってやっぱりわかったね?!!そして今絶対目の色も変わってるね?!!
マリウスと高く握手を交わした時は嬉しそうなさわやかぐらいの笑顔だったのに、こっちに振り返った途端に雄叫びだった。あああでも闘技場状態のニーロも懐かしいな!!!大きくなっても子どもみたいに大声ではしゃぐニーロの戦闘姿大好きだったよ!!というか今もすっごい好きだよ!!!血も湧き沸るニーロもまさにニーロだよ!!
会場からもニーロを後押しするように歓声と雄叫びが響かされる中、ニーロ一人どころか闘技場全体がアクセルの敵に回っているような気配がする。
当然だ、ニーロは旅に出る前から闘技場の英雄で、人気者で、今回の大会優勝を誰よりも期待されていた。しかも何よりこの大会は〝ニーロ杯〟だ。ニーロが引退したと思ったらのこの流れの復帰は私だって客席だったら大興奮だよ!!!
でもどうしよう、せっかくアクセルが一肌脱いでくれたのに。ニーロが大会に出てくれて優勝するのなら、アクセルにわざわざ試合に出てもらう必要もなかった。ニーロにお願いしてマリウスに堂々と渡すことだけ止めてもらえば良い。もしくはニーロがお城に持ちかえるか、ニーロなら強盗なんて返り討ちにだってできちゃうかもしれない。いやでも闇討ちとか毒とか寝込み狙われたらもしものこともあるし、やっぱり私が預かって持ち逃げする方が絶対安全かな!!!
それでもニーロに人前で優勝賞品を私に預けてみせて貰うだけでも良かったし、とにかくアクセルに何度も試合に出てもらったのにここまで来て意味がなくなっちゃうなんて!!
会場中の覇気に気圧されるように後ずさりしてしまえば、途中でドンとアクセルに背中がぶつかった。私と違って一歩も動かず佇んでいるアクセルが、どんな顔をしているか振り返るのもちょっと怖い。怒ってる??怒ってるよね?!あんなに無茶言ってお願いしてここまで勝ち抜いてもらったのにまさか決勝を前に勝つ必要なくなっちゃいましたとか!!絶対怒るよね?!
ごめんなさいごめんなさいと口より先に頭の中で繰り返す。サーッと血の気が引いていくのを感じながら、カクカクと壊れた人形のような動きでアクセルへと顔ごと視線を向ける。ここはアクセルがなんて言ってもまずはきちんと謝ろうと決
「よーし行ってくる」
「行ってくるんですか?!!!!」
ええええっ?!!と思わず間の抜けた大きな声でそのまま返してしまった。
あれ?!てっきりアクセルのことだから「もう帰る」とか「やってられるか」とか「もう俺が無駄骨折る意味ねぇな」とかそういうの色々言ってくると思ったのに!!!むしろ無言で私を置いて帰っちゃうかもとも思ったよ?!
それなのにむしろアクセルはやる気満々で、いつの間にか……私がニーロの試合に夢中になっている内にか補充した弓の籠も背負ってぐるんぐるんと肩まで回していた。むしろ今日で一番やる気満々にすら見える!!
本当ならニーロも連戦連勝中で休憩時間を挟むべきなのに、今も「ほら来やがれ!!」と元気いっぱい絶対大興奮で叫んでいるし、大会関係者の人までこっちに呼びに来た。
今すぐに出るようにと促すから、もしかして本当にニーロの一戦目の試合追加の影響で時間がないのかなとか思う。私の横を通り過ぎて会場へさっさか行っちゃおうとするアクセルに思わず私の方が手を掴んで引き留めてしまう。
「アァ?」と小さく唸るアクセルを、半開きの口のまま見上げて目を合わせる。黄金色の眼差しがきらりと私を反射して、全く怒っている気配がないことが逆に心配になる。
「良っ良いんですか……?!アクセル!もうニーロが優勝するなら戦う必要も……」
「ここまでやらせておいて何いってやがるお前。条件忘れたか?」
「忘れてませんよ!でも優勝といっても相手がニーロですし……!ニーロは本当に強いんです!!この時にはもう過去最強の剣闘士と言われてて大会にも連続優勝記録更新中で!!!」
ニーロが怪我するのもアクセルが怪我するのも困る!!!!!
マリウスの優勝がなくなった時点で、もう戦う意味がない!!後はニーロにお願いすれば良いし、これで二人が闘技場で戦ったら絶対無事で済まない!!逆行前だってアクセルが奇襲してきて!!こっちは私とニーロとラウナの三人で勝てただけで!!!ニーロとアクセルが取っ組み合いの喧嘩をしたことなら何度も見たけれど、闘技場の試合なんて本格的な殺し合いなんかしたら本当にどうなるかわからない!!!
今までの剣闘士との試合とは全然違う!!アクセルに試合お願いしたのだってアクセルなら怪我せず勝てると思ったからであって怪我するなら話は別だよ?!?
「…………なに。お前、まさかこの俺があの剣闘士に負けると思ってんの?」
「負けるとか勝つとか!もうそういう問題じゃないです!!闘技場は生死問わずなんです!!幸いニーロも愛槍じゃないですけど、アクセルだって神樹の弓じゃないですし!!」
「は?俺が殺されるとでも…………!ちょっと待て。神樹の弓ってなんだ俺未来でまさかアレ折ったのか」
「ニメトン選手さっさと出ろッ!!不戦敗にするぞ!!」
うわあああああ!!とうとう闘技場の兵士が怒った!!
アクセルとしがみつく私両方に怒鳴りながら近付いてくると、槍の先を向けてくる。
会場からも怒濤の非難の声が上がっている。さっきまでアクセルが勝って歓声をあげてくれた人も完全に今は怒ってる!!待たせるな早くしろと今にもゴミを投げてきそうな勢いの観衆に、それだけで喉が干上がった。思わずしがみつく腕が緩めば、途端にアクセルに引き剥がされる。溜息まじりのまま難無く剥がされて、最後は軽く突き飛ばされるような形でふらついた。
すたすたと歩いていくアクセルを追いかけようとすれば、兵士に阻まれる。これ以上先は選手だけだと厳しい声で諫められて、もう泣きそうになる。どうしよう、こんなことになるんだったらアクセルに選手登録させるんじゃなかったと後悔する。
いっそもう一度安眠魔法を使おうかとも指を結ぶけれど、……アクセルはともかく大事な大会試合をあんな魔法で止められたらまたニーロが傷つくと思うとできない。だって、アクセルは仕方なくの参加でも、ニーロにとっては大事な大会で!思い入れがあって!引退試合に選ぶほどずっと心待ちにしていた試合で!!せっかく途中参加でも決勝に出れることになったのに、ここで邪魔なんてできない。
私のせいで途切れない筈だった優勝記録が、紡げるかもしれない。……ッでもそれはアクセルが痛い目に遭うかもということで!!!
こんなことになるなら降参して不戦勝で良いのに!!むしろ前のめりに行ってしまったアクセルに、もう掛ける言葉も歓声の中じゃ届かない。
ニーロに怪我をして欲しくないし、優勝記録も途絶えてほしくない。アクセルに怪我をして欲しくないし、痛い思いもしてほしくない。回復魔法をかければ治るなんて関係ない。
お願いだから二人とも無事でいて、と。神様でも絶対無理な願いを、あの二人を前に祈った。




