そして知っておいた方が良かった話。
「でも俺が何度あの教皇は気にくわねぇって言っても「教皇様はニーロの大事な闘技場にも否定的だもんね」って!!ちげぇよ!!そんな程度じゃねぇって何度も言ってんのに!!」
「私なんか神聖魔法嫌いだから教皇のことも嫌いなだけって思われてるし!あのクソジジイは元素魔法側でも嫌いよ!!会ったこと殆どなかったけど聖女の話聞いただけでも絶対ろくでもないわ!来たる脅威だって教皇が耄碌しただけって私はまだ思うわよ!」
「…………あの聖女の教皇への入れ込みは、本当なんなんだ」
二人の愚痴に、今度はアクセルもこの上なく同意だった。
自分も大聖堂の地下に閉じ込められていた。教皇も関係者だと、ずっと故郷からの金を着服していたと話しても聖女は「教皇様と話してみます」「きっと何か理由が」としか言わず、未だに教皇のことを信じようとして変わらない。誤解がある筈と今も考えている。
もともと封印されていたこと自体は大きな問題ではなかった為、アクセルもそれ以上わかってもらおうとも思わないが、しかし自分以外も教皇はろくでもないと言っているのに、流されやすい聖女がそこだけは認めない。
アクセルの言葉にニーロは険しい顔で髪を掻き上げる。ぐしゃりと潰しながら薪火を睨んだ。
「……純粋なんだよ聖女は。もとからそういう奴なのに、物心つく前に教皇に目をつけられてずっと教皇を親みたいに慕って、教皇の言うことだけ信じるように育てられて、盲信してる。ここまで来ると、あいつが目を覚ますなんてよほどのことがねぇと無理だろうな」
よほどって何よと、ラウナが唇を尖らせる。しかし「知らねぇよ」としかニーロも言えない。
この何年もの旅で、少しずつ神聖魔法を習得している聖女だが、それだけは今も変わらない。むしろ距離が離れている間に盲信から信仰にも近い位置まで慕ってしまっていると思う。
もともと優しく心が広い彼女は、教皇に制限されてきたことも課せられてきたことも何一つ不満がないせいで、目を覚ます機会がない。彼女が教皇へ目が覚めるのは、それほど彼女が許せないことでなければ無理だろうと三人は思う。
こんな苦しく危険な旅を強制され、神聖魔法しか使えないにもかかわらず放り出されたことにすら不満の一つも言わない。自分達からの厳しい言葉に文句も言わずに謝り続ける。
そんな彼女には到底難しい話だということも。
「よほど」の方法が見つからないまま口を噤んでしまえば沈黙が生まれる。聖女の分残された一切れの肉を焚き火から遠ざけながら、今度は何も良案が見つからない。
だからこそ、最終的な方法は聖女を逃がすことだった。
沈黙に飽きた頃、アクセルは一度欠伸を溢してから改めて二人に向き直る。
「……それを、この俺に言ってどうすんだ。いくら俺にやることがねぇからって、それと聖女にどんな関係がある」
「ハァ?この期に及んで何言ってんの」
「いや関係しかねぇだろ!!」
気怠くいった言葉に、二人から勢い良く返された。
眉を揃ってつり上げ自分に前のめる二人を睨むように見返せば、更に次は呼吸まで揃えられる。
「「聖女に粘着して付き纏っている分際で!!」」
「………………」
「ッおい!目を逸らすな目を!!」
「この付き纏い!!ストーカー!!!変質者!!」
くるりと首ごと顔を逸らすアクセルに、二人は猛追する。
いくらアクセルが口では聖典目当てと言いながら、その実の目的が聖典ではなく聖女なのは明らかだった。
そもそもアクセルに追跡されていたことに気付いた数こそ両手分以上はあるものの、その中でアクセルに命を狙われたのは最初の一回のみだ。
「同じ宿にいた時はぞっとしたわ!!いい加減追跡魔法の正体教えなさいよ!」
「聖女が行くとこ行くとこ付いてきやがって!!あいつ本当にずっと命狙われてたと思ってんだぞ!?」
「狙ってた狙ってた」
適当に言うアクセルに二人は揃い「嘘つけ!」と声を荒げる。
行くところ行くところに付いてきた。最初の一回以降、気付くと背後や後方、頭上にいては「まだ復讐は終わってねぇ」と言い張るアクセルに、そのまま受け止めたのは聖女だけだった。
攻撃する隙がいくらあっても攻撃せず、むしろ聖女の危機には都合良く現れる。間違いなく聖女に付き纏っているだけだと、ニーロとラウナが気付くのはほぼ同時そして月日はかからなかった。
二人とも何度も「聖女狙いなんじゃないか」と言ったが、とうの聖女は命を狙われているだけだと思って受け止める。アクセル本人がそう言い張る限り、永遠と聖女は信じ続けた。
ようやくアクセルが正式に仲間入りしたのも、聖女が神聖魔法の鑑定を会得したことがきっかけだ。今はもう半魔を治すことは不可能だと判明し失意の底に落ちたアクセルを勧誘したのもまた聖女だった。
そして今度は「聖典に興味がある」と彼は言い張り、こうして一行に入っている。
どう考えても聖女狙いのストーカーでしかない。
知らないうちに付き纏われるくらいならば堂々と聖女の傍に居た方が安全で、何よりその分緊急時にも戦力にいれられることもあり仲間入りを許した二人だが、アクセルの自称聖典目当てについては今も懐疑的なままだ。
「俺が幼馴染って知ってから何度も何度も殺気飛ばしてきやがったのまだ許してねぇからな?!」
お陰で当初は殴り合いも多かった。
男女というだけでそういう扱いをされる度、子ども時代に聖女と自分を妙にくっつけたがってきた教皇の言動を思い出す。不愉快で仕方がない。少なくとも自分にとっての聖女は、昔も今も決して変わらない。
ようやくラウナに冗談でも言われなくなってきたところで、今度はアクセルから勝手に嫉妬を向けられ、いい加減ニーロも殴り掛からずにはいられなかった。
何度そんなんじゃないと怒鳴っても、アクセルからの疑いは続いた。
「むしろ旅が終わっても聖女に付き纏わないならここで約束してよ。それなら私達もアンタなんか頼らないで考えるから」
「命狙ってるよりもいっそタチが悪いんだよお前。……せめてもっと健全にやってくれ。アイツまだ〝コウノトリさん〟信じてるような奴なんだぞ」
聖女が気付いたらどうなるか……!と、二人は眉間に皺を寄せながらアクセルを凝視する。
今こそ全くアクセルの粘着に気付かず「仲間になってくれた」としか自覚がない聖女だが、尋常ではない感情をずっとエルフの亡国王子に向けられているなど自覚すればどうなるかわからない。下手すれば集中力が必要となる神聖魔法の展開にも関わる。それは聖女の命に関わると同じだ。
─ しかも、聖女の神聖魔法はもしかすると……
ラウナは声に出さず、思考で紡ぐ。
まだ現段階では仮説で、自分の中でも検証段階だ。しかし、子どもでも見よう見まねでできることもある初期の元素魔法すら聖女はできない。
神聖魔法を覚えることに必死で元素魔法を練習したこともないのだから、中級魔法ができないのはまだわかる。だが、神聖魔法なら高位魔法も扱える聖女が、試しにの一回ですら元素魔法の初期魔法ができないのはおかしい。
彼女の才能は、たんなる神聖魔法ではない可能性が大いにある。
彼女自身の心そのものに魔力が反映し、それが〝今は〟神聖魔法であるというだけの可能性が。
そうなれば、本来十代から開花する筈の神聖魔法を、聖女がたった六歳から使用できるようになったことも納得できる。
そして今の純粋な聖女の心がもし歪み穢れれば、その魔法の本質も変わりかねないとラウナは恐れる。
聖女が決してそんなことにならないようにする為にも、やはり自分が目を光らせて彼女を守らなければならない。
「……………………」
二人からの苦情に、アクセルはすぐには答えない。口を結んだまま、静かな眼差しで二人を見返し、最後にまた聖女を見た。肉が焼けるのを待つ間もずっと自分が木の上から食い入るように永遠と眺め続けていた聖女の寝顔 だ。
今もすーすーと眠っている聖女は、自分がまさか話題になっているなど思わない。
それどころか、男二人もいる中で貞操の心配もなくスヤスヤと安心しきって眠っている。いつでも寝首を掻ける彼女は、過酷な旅でどれほどに残酷な惨状を見てもそこに穢れはない。
今も、聖典さえ手に入ればそこに明るい未来があると信じている。その、愚かな寝顔に
「……やだね?」
ニヤリ、と。半魔特有の牙を剥き出しにして笑うアクセルは、得意げに宣言し串を焚き火に投げ込んだ。
認めたも同然のアクセルに、ラウナとニーロは肩を落とし顔を顰めて息を吐く。全く意外でもない返答に、最後には額や頭を押さえた。
まだ、聖典の旅に終わりは見えない。
だが、その間にどうか聖女が平和に何事もなく笑って過ごせる方法を探さなければと、二人は同時に決意を新たにした。
ここまでお楽しみ頂き、ありがとうございました。
第一部完結となります。
第二部も予定しておりますが、ひと先ず第一部にて無事タイトル回収まではできました。
またストック溜まりましたら、毎日更新させて頂きたいと思っております。
ここまでお楽しみくださり、本当にありがとうございました。
皆様に心からの感謝を。




