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82 覆された真実

「で? お前の目的は元々、ヴィを嫁に迎える事じゃないだろう」


ぎろり、と迫力のある瞳を相手の男に向けたヴィザンチウスに、困ったなと言う顔をしたのはアスランだった。


「何を言うのやら。俺はヴィオラお嬢ちゃんの借金の取り立てをしているに決まっているだろう」


「お前、さては魔人の目玉をなめてかかってるな?」


「……生まれてこの方魔人という、普通出会えない相手と巡り会った事が、あんた以外にいないんでね」


しれっとした調子で言うアスランであるが、ヴィザンチウスは鋭い声を止めない。


「お前の目的はヴィをこの国に連れてくる事だろう」


「……」


「黙ったって無駄さ。この目玉もこの耳も、この姿に戻った俺様の力を最大まで使っても壊れない造りだ。……お前、この麦豊かな国の前の王様に、頼まれてるんだろう? ルウィを連れ戻すか……ルウィに匹敵する浄化の力を持った人間を連れてこいってな」


「俺ごときが、どう言う方法で前の王様とか言うとんでもない存在と面識を持てると」


「だからなあ、この目玉を甘く見るんじゃねえって言ってるだろう。……お前、兄弟だろう」


ヴィザンチウスは確信を持った調子でしか喋っていない。アスランは目をすがめた。

いつでも相手の喉笛に食らいつけるように構える、ネコ科の肉食獣の気配が強まった。


「おっと。生まれついての魔人相手に、人殺しを一度もしていない春嵐が勝てると思うなよ。それだけ格ってのが違う」


「やってみないと分からないんじゃねえのかね」


「……と言いつつ、今ここで出来ていないお前の態度が答えさ」


「……」


アスランが黙った。ヴィザンチウスの言う事は真実だ。乱暴な真似は腐るほどしてきていても、命を奪う決定的な事だけは行わないで生きてきた、アスランという奇跡使いは、猛毒のように濁り凝った力を持つ魔人を相手にして、全くの無傷では勝てない。

勝てるとしたら万に一つの可能性で、ほとんどの場合勝ち目が無いのだ。

魔人はそれだけ、人という枠組みから外れている。

……奇跡使いはその存在を他人に知られた場合、石を投げられる事はあれども、根本は人である。

人の枠組みからははみ出せない。

だが魔人は生まれついての枠組みを外れた生き物だ。

……どれだけの格の違いがあるのか、実地では知りたくない相手だ。


「まったく。前の王様も、よそに子供作って、その子供を奇跡使いにしちまうなんて、何してんだかな」


「あんたの目玉もあんたの耳も、おそろしいな」


ヴィザンチウスの言葉に、アスランがいたたまれないという調子で言う。


「それに。……お前、ヴィオラを殺したな?」


「それは違う。あれは不幸な事故だった」


「事故だろうと何だろうと、あの子の息の根を止めたのはお前だろう、奇跡使い。春嵐の獅子。だが奇跡使いの殺しには数えられないらしいな」


「あのお嬢ちゃんは奇跡の軌道に横から入った。……発動は止められなかった」


「だろうな」


ヴィザンチウスは吐き捨てた調子で言った。何もかもを知ったという調子で。


「麦豊かな国と、北の国の国境線近くで。……お前のような、歩く惚れ薬の力をどうにか出来る存在を探したヴィオラは、お前に出会った」


「……」


沈黙はこの場合は肯定に等しかった。それを知りながらヴィザンチウスは続けた。


「お前と、もう一人の奇跡使いが、縄張り争いをしているまっただ中に。ヴィオラは入り込んで。もう一人の奇跡使いは、夏雨の大蛇だな? 夏雨の大蛇はヴィオラに一目惚れをした。それで……あの子を襲った」


「お嬢ちゃんの意思じゃなかった。夏雨の大蛇は、単純にあのお嬢ちゃんを欲しがった」


小さな声でアスランが呟くように言う。後悔したという声で。


「歩く惚れ薬は繁殖の力がある。惚れる張れるは結局の所そう言う結果になるからな。そして……鼻風邪をこじらせたお前とちがい、嗅覚に重きを置いた夏雨の大蛇は、あの子の姿もあの子の匂いも、皆気に入って襲いかかって」


「俺は助けようとしたんだぜ。夏雨の大蛇を押しのけるには、奇跡を使うしかなかった。だってのに……あのお嬢ちゃんは軌道に入って。心臓のあたりに直撃して死んだ」


重い沈黙が流れる。助けようとして失敗し、女の子を一人殺してしまった春嵐の獅子と、その女の子の父親の沈黙は極めて重い。


「それで、ヴィオラはお前に何を頼んだ?」


「……妹を、守って欲しい」


「へえ、あの割と身勝手な子が、最後に願ったのが妹の守りなんて、どうしたものか」


「あのお嬢ちゃんは、奇跡が自分にぶつかれば、自分の背負う力がどうなるか知っていた」


「どっかの貴族学校の古い本にでも、記載されていたのかね」


「……歩く惚れ薬の力は、豊饒の力だ。そして歩く解毒剤の力もまた、豊穣のための力だ。生まれる子供は必ず二人。半分ずつの力を持ち、片方が死ねばもう片方が、全ての力を目覚めさせる」


「……ルウィも兄貴と二人兄妹って言ってたな、そういえば」


思い出したようなヴィザンチウスの言葉に、アスランは黙って頷いた。


「全ての力が背中にのしかかった時。その人間は豊穣の神子となる」


「それは間違いないな。ルウィがそうだったんだから」


「だから、守ってくれと。豊穣の神子の力と、春嵐の獅子の相性は抜群にいいから、と」


「それで存在しない借金を作り上げて、あの子に近付いたってわけか。よく出来た頭だ。俺様でも騙された」


そう言ったヴィザンチウスは、窓の外を見やった。


「その遺言を、お前、前の王様に喋っているだろう。その結果、あの子を連れてこいと言われたんだろう」


「……そうだ。ルウィさんの力が本物だったから、前の王様は豊穣の神子の力を疑わない。そしてこの国の大地は、肥料として使われる魔力で疲弊しているから、作物の出来高が年々悪くなっている。今どうにかしなけりゃいけないぎりぎりだと、前の王様は知っている」


「……ちがいない。歩くだけでまといつく魔力はそんな感じだからな」


ヴィザンチウスは苦く笑った後にこう言った。


「……俺様はあの子が選んだ選択肢を最終的には受け入れる。あの子がこの国を滅ぼす事を決めるか、生きながらえさせる事を決めるかは、あの子次第だ。あの子がこの国で受けた仕打ちは酷いものだからな。どっちに転んでもあの子の選択肢はあの子にとって最善だ。でもな、春嵐」


人の心が若干欠けている部分のある魔人は、さみしく笑った。


「あの子は、俺様と違って、とてもとてもルウィに似ているお人好しさ。それだけは言っておくぜ」


麦豊かな国特有の、初夏の雨が降り出している。その雨は地中の深い部分まで、肥料の魔力を広げ、長期的に見ると土地を痩せさせていくだろう。

打つ手がなくなるその前に、この国は魔力を浄化する方法を手に入れなければならなかった。

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