真実ちゃんからの手紙
みんなが、真実ちゃんに対して小説を書け書けとうるさい。
この間なんかは、妹にまで
「ねえ、真実ちゃんっていつ本出すの?」
と聞かれてしまったくらいなのだ。
栄美にも話したが、真実ちゃんはおれの小説におけるヒロインのモデルとなる事を嫌がる。
それには、まだ付き合う前。
いや、真実ちゃんの顔も知らなかった頃に彼女から受け取った手紙に詳しい。
その手紙を、一部端折って紹介しておく。
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拝啓
亜流タイル様
突然このような形で連絡を取らせて頂きましてすみません。
ネット上で交流させて頂いておりましたmamiこと、時任真実と申します。
『剣士なおれとウィザードな彼女』の書籍化おめでとうございます。早速発売日に購入致しました。
まずは謝らせて頂きます。本当に申し訳ありません。
私は亜流先生に嘘をついておりました。ごめんなさい。
去年、亜流先生とネット上で交流させて頂くようになってから、私は亜流先生のお姿をどうしても拝見したいと思うようになりまして、ご存知のように夏の同人誌即売会に伺いました。
(おれ注:『剣士なおれとウィザードな彼女』は、元々は同人誌として頒布していた)
実は、私は亜流先生の同人誌を入手はしていないと嘘をつきましたが、同行していた友人に頼んで買ってきて貰っていたのです。
自分で買いに行けばよかったのにと思われるかもしれませんし、そう思われるのは当然な事なのですが、間近で対面するという勇気がありませんでした。ごめんなさい。
更に友人に頼んで亜流先生のお姿を隠し撮りもさせて頂いております。その素敵なお姿は私のスマートフォンの壁紙にしておりました。
ですが、年末にお話したようにそのスマートフォンは壊れてしまいました。きっと天罰が下ったのですね。
本当にごめんなさい。
(でも、幸いお写真は紙に印刷保存しておりましたので、それをカメラで撮って新しいスマートフォンでもまた壁紙にさせて頂いております。友人からは「彼氏?」等と質問されます。そうだとしたらどんなにいいでしょうか……)
(略)
それでは「嘘」についてお話しします。
まず同人誌を拝読して、この異常なヒロインはもしかして私をモデルにしているのかなあと思ってしまいました。
もし違っていたら、図々しい話です。自意識過剰でごめんなさい。でもそういう直感がございました。
拝読している内に、私は自分自身が亜流先生の世界の中に閉じ込められているような、不思議な気持ちになっていきました。
まるで亜流先生のお作りになったキャラクターの方が私の本当の姿なのではないかという錯覚にも陥りました。
それは、今までに無いような甘い甘い体験でした。亜流先生に言葉で抱き締められている、そう思いました。
気持ち悪くてごめんなさい。
では何故書籍ではなく同人誌の方から拝読していた事を隠していたのかと申しますと、それは、私自身が出来れば亜流先生のような素敵な文章を書かれるライトノベルの作家になりたいと思っているからです。
ですから、作品の中に「閉じ込められて」いる側になっている事に違和感を覚え、その違和感を亜流先生にお伝えするのがためらわれたからなのです。
私は誰かを「閉じ込める」側の人間なのです。そうなりたいのです。
1行も書いてもいないのに甘いですよね。
……でも、ですから、「ヒロイン」となる事に窮屈さを覚えました。せっかく素敵に書いて(素城栄美先生は「描いて」)くださったのに、ごめんなさい。
でもこれも私の思い込みかもしれませんよね。
そして、亜流先生限定ならば「ヒロイン」として閉じ込められるのも甘く素晴らしい事かなとも思います。
こんな我儘を言って図々しくてすみません。
ただ、それでも私が亜流先生とのネット上での交流をやめられなかったのは、お顔を拝見する前から亜流先生が好きだったからに他なりません。
ごめんなさい。
元々私は、高校時代から亜流先生のファンでした。
既にその頃私は亜流先生に普通のライトノベル作家さんに向ける以上の思い入れを持たせて頂いていたような気がしますし、事実そうだったという事を亜流先生とのメッセージ交換で気付かされました。
メッセージ交換や、ツイートにいいねを付けさせて頂いていたのは私にとって至福の時間でした。
片時もスマートフォンを離せませんでした。いつ、亜流先生がどんな呟きをされるか、どんなメッセージをくださるか楽しみにしておりました。
(略)
私は亜流先生のお顔も好きです。
何を考えていらっしゃるのか本心が分からない表情にますます恋をしてしまいました。
でもやっぱり、文章が大好きなのです。
亜流先生の持たれる「夢」を感じています。
好きだなんて、「読者」に言われても困ってしまいますよね? すみません。
(略)
亜流タイル先生の今後のますますのご活躍を誰よりも強く心よりお祈りしております。
重ね重ね、申し訳ございませんでした。
敬具
時任 真実
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断っておくが、この頃真実ちゃんは『しんじつ』ではなく『mami』とおれに呼ばせていた。
既にこの頃からヤンデレの要素を垣間見せている真実ちゃんだが。
問題になっているのは、「閉じ込められる側」より「閉じ込める側」になりたいという、彼女の告白だ。
そんな表現を思い付く事自体、彼女はやっぱり、『書く側』の人間なのだろうか。
おれはスマホを取り出し、真実ちゃんに電話をする事にした。
明日、おれの家で会おう、と。