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渡ツネオの『ボイン論』

 


  「今日はライトノベルにおけるヒロインの理想的な身体表現について語ろうかと思うんだ」


 

  何故こんな事になっているのかは知らない。

  だが、今おれは同期で人気ラノベ作家のわたりツネオと酒の席を囲んでいる。


  「お前は本当におれを飲みに連れてくのが好きだよな。他に友達いないのか?」


  「友達だと? 馬鹿な。同業者だの出版社の人だの色々いるわ」


  「じゃあその人達を誘えよ」


  奢りだというから来た。

  しかしやはり男だけの飲み会というのは味気ないものだな。

  ましてや相手が渡など。


  「まあまあ亜流タイル、そう言うな。おれ氏は最近、凄い事に気付いたんだ。ラノベ界を揺るがすような事だぞ」


  「絶対ろくな事じゃないな」


  とはいえ、この渡は作品がアニメ化までした売れっ子だ。

  作者がどんなヤツであれ。

  作品がその人気ぶりを証明してみせているのだから後学の為に聞いておこうか。


  「亜流、お前は『おっぱい(ボイン)』という言葉を知っているか」


  「……いや、知ってるけど」


  「そうか、おれ氏は最近知ったんだ。なんでも、ン10年も前に流行った巨乳を表す言葉だそうじゃないか」


  「……そうだな」


  おれはそろそろ帰ろうとショルダーバッグに手を掛けた。

  渡があわててそれを制す。


  「よく考えてみろよ。女性の胸の爆発的な膨らみを『ボイン』とよぶんだぞ。今のラノベ界に足りないのはこう言った婉曲的な比喩表現だと思わないか」


  「そうか」


  おれは焼き鳥を食いながら早く真実ちゃんに会いたいなと考えた。可愛い真実ちゃん。

 

  しかし胸の話と聞くと、おれもいっぱしの男としてついつい耳を立ててしまうのは仕方の無い事だと許してほしい。


  おれはそのまま渡ツネオの熱い『ボイン論』を大人しく聞く事にした。


  「今こそ、ボインという言葉を復活させる時が来たと思わないか」


  「別に今じゃなくてもいいと思うが、お前の好きなタイミングで好きなように書けよ」


  大声でボインボインと連発している渡ツネオを、周りの客達が怪訝な目で見ている。その殆どが30〜40代くらいの人達だ。


  「あの失われた文化、おっぱい(ボイン)を!! おお、ボインよ!」


  「ふーん、好きにすれば」


  おれは本当にそろそろ帰ろうとした。


  「他人事みたいに言うなよ? ボインの文化をお前の彼女に復興させて貰おうという事だ」


  「てめえいい加減にしろよ」


  真実ちゃんに、おっぱい(ボイン)をネタに作品を書けというのか?


  「どうせお前の彼女はまだ1作も、いや1行も書いてないのだろう」


  「うぐう」


  「おれ氏はもう、ラノベ作家として作風を確立してしまった。今更新しい表現など取り入れられないのだよ。だが、お前の彼女はまだ真っ白なキャンバス、いや原稿用紙だ。いくらでも好きなように書く事が出来る」


  渡ツネオ。

  こいつ、顔はカッコいい方なのに本当に残念なヤツだな。

  これでよく真実ちゃんの事を残念呼ばわり出来たもんだ。


  「それにな」


  渡は夢見心地といった表情で続けた。


  「お前の彼女のように、若くて、まあ、可愛い女の子が『ボイン』と書いていると考えると萌える、いや、火へんで『燃える』ものがあるとは思わないか」


  「……ねーよ」


  一瞬、アリかなと思ってしまった自分が口惜しい。


  散々破廉恥な言葉を口にした渡ツネオは酔い潰れ、その場で眠ってしまった。

  おい、会計。

  奢ってくれるんじゃなかったのか。


  半寝のまま「うーん」と財布をおれに差し出す渡ツネオ。

  仕方がないからそれで会計を済まさせて貰った。


  店の人に「起きたら『会計は済ませました』と伝えてください」等と言う訳にもいかず。

  おれは渡の腕を肩に掛けて、引きずるように店を出たのだった。


 


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