でーと・デート・DATE
黒に近い茶髪というのは、世間では『黒髪』のカテゴリーに入るらしい。
という事は、電灯の光や陽に当たった時にのみ茶色に見える真実ちゃんの髪は既に『黒髪』と呼んでもいいのではないか等と考えている内に……。
「祐……樹さん、遅くなってごめんなさい!!」
待ち合わせ場所まで走って来た真実ちゃん。
今日は初の遊園地デートだ。
転ぶかもしれないから走らないで。
「えっと、私、これでも急いで来たつもりだったんですけど……。でも、お待たせしてしまってごめんなさい!!」
待ち合わせ時間は午前10時。
真実ちゃんがやって来たのは午前9時半。
これは完全におれのフライングだから真実ちゃんが謝る必要は無い。
謝る必要は無いのに、彼女はピョコピョコとお辞儀し続けている。可愛い。
「いや、おれが早く来過ぎちゃったから……。それにしても、まだこの時間なのにすごい人だね」
引きこもりをしていたおれにはついぞ見た事のないくらいの人の多さだ。
これから祭りでも始まるんじゃないかってくらいの。
「お昼にパレードがあるんですよ。だから皆良い席を取るために並んでるんだと思います」
真実ちゃんはそのパレードを観たそうにしていたが、別に並んでまでそうしたいとは思っていないという事だった。
「ただ、ちょこっとだけでもメインキャラクターの乗ったカートが観られれば嬉しいんです」
「じゃあ、それまで腹ごしらえでもしようか」
昼までまだ間があるせいか、フードコートは比較的空いていた。
おれはビッグバーガーとコーヒー。
真実ちゃんはホットドッグとアップルティーソーダなる物を頼んだ。
「この遊園地の食事って、他の所に比べて美味しいのが多いんですよ」
「うん、確かに美味しいね」
さすが国内最大級の遊園地だ。
インテリアといい、細かい所までよく出来てる。
「って、真実ちゃん、口元にソース付いてる!」
「え、あ……」
本当はおれが手で拭ってソースを舐めてあげたい所だが。
そんな器用な事はおれにはまだ出来そうにない……。
何しろ、おれ達はハグさえまだなんだからな。
真実ちゃんは言う。
「……せっかく来たんだし、パレードまでまだ時間ありますから何かに乗りません?」
「いいね。真実ちゃんはどんなのに興味あるの」
おれの初彼女は恥ずかしそうに上目遣いをし、小さな告白をした。
「私、ライド系苦手なんです……。メリーゴーランドとか、穏やかな乗り物が嬉しいです」
今日の真実ちゃんは白いひらひらのワンピースで、フリルも付いてる。
メリーゴーランドなんかに乗ったらそれこそお姫様みたいに見えるんだろうな。
おれは1人そんな事を妄想してニヤけそうになってしまう。
「うん、さっき通り過ぎたけどメリーゴーランドだったら他の乗り物より空いてそうだね。行こうよ」
「は、はい!」
おれは真実ちゃんの手を出来るだけさりげなく握り、お目当ての場所まで急いで歩く。
ブルーの煌びやかな鞍を付けた馬に乗ってキャッキャとはしゃぐ真実ちゃん。
その姿を堪能しているおれは、写真を撮るのも忘れて見惚れてしまう。
本当にこんな素敵な娘がおれの彼女でいいのかな。
いや深くは考えないようにしよう。
だって真実ちゃんは超が付く程ヤンデレだ。
おまけにその矢はおれに向かっている。
今まで不遇だった分そんなド級の幸せが訪れたっていいじゃないか。
「もうすぐパレードの時間なんじゃない?」
楽しさの余り2回もメリーゴーランドに乗ったおれ達は、そのパレードが通るという歩道に向かう。
「……うん、やっぱりすごい人ですね……」
上手く席を取れた人達は体育座りで最前列の席を。
次にラッキーだった人達はその体育座りの後ろを確保。
時間に遅れて来たおれ達みたいな客は、立ち見の人達の更に後ろだ。
おれはそれでも何とか観る事ができる。
しかし背が高いとは言えない真実ちゃん。
ピョンピョンと飛び跳ねなければお目当てのキャラクターの耳すら見る事が出来ないだろう。
……って、既にパレードの音楽は始まってしまった。
横を見れば、その遊園地名物のケモミミを付けた真実ちゃん。
自分がケモミミを付けている事などすっかり忘れている。
今はパレードを何とかして観ようとする事に必死だ。
おれはパレードのカートに真実ちゃんお目当てのキャラクターが乗っていないか注意深く観察する。
ーーーーと、例のキャラクターのお出ましだぞ。
おれは急いで真実ちゃんの両わきを掴み、思い切り身体を空中に持ち上げた。
「うわー、祐樹さん……!!」
「見える!? パレードちゃんと見えてる!?」
いくら真実ちゃんが軽いからと言っても、部屋でパソコンしかしてない貧弱なおれの腕では、申し訳ないがすぐに限界が来てしまいそうだ。
「祐樹さん、見えます!! ネズミさんとそのガールフレンドのネズミさん、見えます!!」
「良かった!!」
お目当てのキャラクターを乗せたカートが通り過ぎるのを見届ける。
おれはやっと真実ちゃんを地上に降ろす事が出来た。
「祐樹さん、大丈夫ですか!?」
「別に全然、大丈夫……はあ、軽かったあ……」
「『軽かった』って、そんな息切れしながら言われても……」
でも、と真実ちゃんは呟く。
「驚いちゃったけど、凄く嬉しかったです……」
ありがとうございます、と、花がほころんだように微笑んだ。
掌と指先には、真実ちゃんの柔らかいお肉の感触が残っていて、ちょっとドキドキした。ってコレ、ハグしたのと同じくらいの破壊力じゃないのかとも思う。
ケモミミ付けた、うちの彼女、最高。
ラノベを1行も書いて無い事以外は。
その後、パレードのカートから下りたらしい、真実ちゃんお気に入りのケモミミキャラクターと一緒に写真を撮ったりした。
まさにそこは夢の国のようであった。