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おれの彼女はやっぱりヤンデレでした

 


  真実ちゃんの部屋に入って、おれは度肝を抜かれた。

 

  ーー部屋の中には、大きな本棚と小さめの本棚と、ベッド以外は家具らしい家具がほとんど何も無かったのである。

  本棚には同人誌を含めたおれの著作があって何となくくすぐったかったが。


  まあそれだけなら、まだ「シンプルなのが好きな女の子なんだな」で済ませられる。


  しかし、枕元の壁に貼ってあるこのポスターは何だ。


  「……これ、おれの写真だよね?」


  拡大されたおれの写真を、デカデカと飾っていたのである。

  真実ちゃんは、いたずらが見つかった子どものように茶目っ気たっぷりにエヘヘと笑い、


  「本当は同じポスターを10数枚貼ってあったんですけど、今日は祐……樹さんがいらっしゃるかもしれないと思って、残りのは剥がしてしまったんです」


  それも見ます? なんて聞いてくる真実ちゃんに「いや、いいよ」と答えた。

  恐ろし半分、おれはこんな可愛い彼女にそんなにも愛されていたのかと幸せな気持ち半分になった。


  テンプレート通りのヤンデレで逆に安心していると、真実ちゃんがローズヒップティー(と、いうらしい)とクッキーを運んできた。


  「あの、このクッキー私が焼いたんです」


  「ありがとう、嬉しいな」


  何しろ真実ちゃんの作るお菓子は美味い。

  おれの家に遊びに来た時も、よくお土産で手作りのお菓子を持って来てくれる。

  おかげで母親も妹も大喜びだ。


  しかし、このクッキーはちょっと変わった形をしている。

  普通のクッキーではなさそうだ。


  「クッキーの中、空洞になってない?」


  真実ちゃんはしたり、という顔をして喜んで説明を始めた。


  「これ、フォーチュンクッキーなんです。中におみくじが入ってるんです」


  成る程、フォーチュンクッキーか。

  なんか聞いた事があるぞ。


  「おみくじと聞くと、ちょっと緊張するな」


  只でさえ初彼女の部屋に入れて貰って緊張しているのに。

  おれはクッキーを1つ摘み、端の方を噛んでみた。


  「うん、美味しい」


  「三角形の真ん中を割ってみてくださいね」


  真実ちゃんはワクワクして仕方ないといった体だ。

  おれは素直にクッキーを割ってみる。

  確かにおみくじらしき紙が転がってきた。

  畳まれていたおみくじを開き、書いてある文章を読む。


  「『このおみくじを引いた貴方は、作品がアニメ化するでしょう』」


  「良かった! 当たりですね!!」


  はずれもあるのか?

  いや、真実ちゃんに限ってそんな意地悪な事はしないだろう。

  「他のも食べてみていい?」と聞くと、真実ちゃんは大喜びで「是非!」と叫んだ。


  「お茶の中には、惚れ薬なんて入ってませんからね」


  「分かってるって」


  おれは自分の作品の中に、この真実ちゃんをモデルにしたヒロインを出している。

  そのヒロインが主人公に飲ませようとしたのが惚れ薬。

  真実ちゃんはヒロインと自分を重ねてそう言ったのだろう。


  「『このおみくじを引いた貴方は、書籍がますます人気になるでしょう』」


  「『このおみくじを引いた貴方には、素敵な仕事の依頼が来るでしょう』」


  「『このおみくじを引いた貴方には、永遠の幸福が約束されるでしょう』って、永遠って!」


  不老不死じゃないんだから、と突っ込むと、真実ちゃんはウフフと口元に手をあてて可愛らしく笑った。


  クッキーは全部で10個あった。

  食べ切れそうではあるが、駅前のステーキ屋で食事をとったばかりだったので多少腹が苦しい。


  「ごめん、残りのクッキーは持ち帰って食べてもいいかな?」


  おれがそう言うと、真実ちゃんは露骨に残念そうな表情を浮かべたが、


  「じゃあ、ラッピングしてきますね」


  と言ってキッチンに向かった。

  どうして残念そうなんだろう。

  やっぱりクッキーは真実ちゃんの目の前で食べ切った方が良かったのだろうか。


  そんな事を考え巡らせている間に、真実ちゃんはクッキーを手早くまとめ、透明のラッピング袋にリボンまで付けてお土産用にしてくれた。


  「手間かけてごめんね、ありがとう」


  「ううん、大丈夫です。ただ……」


  「ただ?」


  「このクッキー、ご家族には見せないでくださいね。必ず、亜流……祐樹さん1人で食べてくださいね」


  何だか、乙姫様に箱を開けるなと約束させられる浦島太郎みたいだな。


 

  いつの間にか西日が射し込んできた。


  真実ちゃんが夕飯を作ろうかと提案してくれたが、生憎野暮用があったし、腹もいっぱい。

  せっかくの真実ちゃんが作ってくれるディナーが食べられなくて悔しい。


  「また、遊びに来ていいかな」


  玄関先で未練たらたらに言うおれに、真実ちゃんは「勿論!! 毎日でも」と言ってくれた。

  いやさすがに毎日は。



  今日は良い日だったな。

  用事を済ませて家に戻ると、おれは早速部屋にこもってお土産のフォーチュンクッキーを開けてみた。


  さてどんなおみくじが入っているのか。


  「えーと……『このおみくじを引いた貴方は、健康に過ごせる事でしょう』」


  成る程、身体にも気を使ってくれるなんて真実ちゃんらしい。


  その後も次々とおみくじを引いていく。

  こんなに凝った事をしてくれる真実ちゃんの愛情が嬉しい。


  パクパクと食べ続けて、とうとう最後の1個になった。

  開けてしまうのは惜しいが、おみくじの続きが気になる。


  えい、と割ってしまうと、その中には……


  『このおみくじを引いた貴方は、一生時任真実と過ごす事でしょう』



 ………………。



  「……し〜ん〜じ〜つ〜ちゃ〜ん〜!!!!」


  おれは一気にお爺さんになったような気分になった。それにしては何と幸福な爺さんだろうか。

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