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5話 二週間が経ちました

 あの吸血鬼のメイド兼食事になって二週間が経ちました。


 毎日の吸血と頻繁に行われる折檻に、毎回ぞくぞくとしていますが私は正常です。


 鏡を見るたびに首元に残る噛み跡を目にして心がざわつきますが問題ありません。私は正常です。


 ……そう自分に言い聞かせながら、この二週間、私はあの男を観察し続けました。

 その結果、いくつか分かったことがあります。


 まず活動時間。

 吸血鬼といえば昼は眠り、夜に動くもの――そんなイメージがありましたが、あの男は違います。

 昼間は普通に起きて活動し、むしろ夜はしっかりと眠っているのです。


 続いて食事の時間。

 吸血は一日一度だけ。ですがその時間は一定ではありません。

 ある日は寝る前だったり、またある日は仕事の最中だったり――まったく予測がつかないのです。

 しかもあの男は一切の前触れなく噛みついてくるため、そのたびに心臓が止まりそうになります。


 この二点から導き出される結論は一つ。

 昼間に逃げ出すのは極めて困難であるということ。

 下手に動けばすぐに捕まるでしょう。


 では夜ならどうか。

 確かにあの男は眠りにつきますが――夜道を一人で歩くのはあまりにも危険です。野盗や獣に襲われる可能性があります。現にこの間、野犬に襲われましたし。


 こう見ると一見打つ手なしと思える状況ですが、実はそうでもありません。

 少し前にあの男が何気なく呟いた言葉を、私は聞き逃しませんでした。


『そろそろ食料が尽きそうだから、また買いに行かなければ』と。


 どうやら私のための食事の材料は近くの村で調達しているようです。

 ならば狙うべきはその日。


 あの男が屋敷を離れ、買い出しに出かけるとき――そこが最大の好機です。


 それまでは従順に。

 疑われぬよういつも通りに振る舞い続ける。

 そうして機を待つ。


 そんな感じで頭の中で何度も計画を反芻していると、何やら焦げ臭い匂いが。


「ああっ、しまった!」


 アイロンかけの最中であったことを、すっかり忘れておりました。




「まったくお前は……」

 呆れた声音とともに、吸血鬼がこちらを見下ろしています。


 その手には私が焦がしてしまった彼のシャツ。

 くっきりとアイロンの跡が焼き付いています。


「も、申し訳ありません……」

 私は出来るだけ反省しているふうに見えるように努めて謝罪しました。


 吸血鬼は小さくため息をついてシャツを床に落とすと、ぱっとある物を出現させます。

 短鞭です。


 私は何も言わず、すっと背を向けました。

 別に期待しているわけでは決してありません。

 たださっさと終わらせたいだけです。


 そうして準備をして待っているのですが、中々衝撃がきません。

 いつもならすぐに打ってくるのに。


 不審に思い振り返ると、彼は短鞭の先で自らの肩をとんとんと叩きながら、何やら考え込んでいる様子でした。


「——お前の尻を叩くのも飽きてきたな」

 そう言うと、彼は手にしていた鞭をふっと消し、別の物を出現させました。

 中央に大きな宝石があしらわれた首輪です。

 彼の手によって、私の首にそれが装着されました。


 ——これが新しい折檻……?


 まるで飼い犬にでもなったようで、羞恥心はあります。けれど鞭で打たれることに比べればあまりにも生温い。

 これではお仕置きとして成立しないのではないかと首を傾げていると。


 不意に彼がパチンと指を鳴らしました。

 すると首輪からバチッと電流が。


「ひぅっ!?」


 思わず情けない声が漏れました。

 ビリビリとした痛みが神経を駆け巡り、膝をつきそうになります。


 そんな私の様子を見て、吸血鬼はくつくつと愉しげに笑いました。


「なかなか良い声で鳴くじゃないか。——気に入った、しばらくそれ付けていろ」

「そんな……! 外してください、こんなもの……!」

「別に困ることなんてないだろう? むしろ首の傷も隠せて良かったじゃないか。気にしていただろ、お前」


 抗議の言葉を重ねても、彼はまるで聞く耳持たず。


「決して外そうとするなよ? また仕置きされたくなければな」

 そう釘を刺して、上機嫌でその場から離れていってしまいました。


 ◇


 その後、私は本日も命じられていた本の片付けを行いました。

「まったく、人のことを何だと思っているのかしらあの男!」

 怒りがどうしても収まりません。


 ――私に対してあんな仕打ちを……!


 貴族令嬢である私は当然、電流を浴びせられるなどこれまで一度もありませんでした。


 あの全身を駆け抜ける鋭い痛み。

 そして、そのあとにじわじわと残る妙な余韻。


 あんなもの、もう二度と……。


「もう一度、味わってみたい……」


 ぽつりと零れた自分の言葉に、思わず本を棚へ戻しかけていた手が止まりました。


 ――今、私は……何を……。


 ひくりと喉が鳴る。

 あり得ない。

 そんなこと、あってはいけないことなのに……。


 それでも一度自覚してしまった感情は、簡単には消えてくれなくて。

 自分の身体が、あの感覚を無意識に思い出そうとしているのが分かりました。


 熱い。

 苦しい。

 全身が疼いて仕方がない。


 どうしよう。

 どうすれば……。


 気付けば私は首元へと手を伸ばしていました。

 この首輪。

 もしかしたら自分で電流を流すことができるのではないか――そんな考えが頭を過ったのです。


 ——どこかに仕掛けが……。


 最も可能性がありそうな中央の宝石部分に触れてみます。

 けれど、それらしいものは見当たらない。


 他の部分を確かめてみても。

 ぐい、と引っ張ってみても。

 何も起こらない。


 こうしている間にも、身体の奥で(くすぶ)る衝動はじわじわと強くなっていくばかりで。


 どうにかならないかと試行錯誤していたそのとき。

 コツ、と背後で靴音が響きました。

 身体の熱が一気に引いていきます。


 はっとして振り返ると、彼がいました。

 本棚に並ぶ本を物色しています。

 こちらには一切視線を向けることなく。


 見られたのではないかと一瞬焦りましたが、どうやら杞憂だったようです。


 私は何事もなかったかのように本の整理へと戻りました。

 こちらもあの男の存在など気にも留めていない――そんなふうに装いながら、ただ黙々と作業を続けます。


 時間にして一分も経たないうちに、彼は一冊を選んで去っていきました。


 足音が遠ざかっていくのを確認してから、ようやく胸を撫で下ろします。


 ——良かった……。


 張り詰めていた緊張を、ふっと緩ませる――。

 そんな私を嘲笑うかのように。


 パチン、と。

 出入り口の方から恐ろしい(待ち望んでいた)音が聞こえてきました。


 バチバチバチッ!


「——〜〜〜〜っ!?」


 喉の奥で潰れる悲鳴。

 先程よりも明らかに強い刺激に、手にしていた本を取り落とし、私はその場に崩れました。


 視界がチカチカと点滅して、頭の中では何かがパチパチと弾けています。

 気絶してしまいそうな痛み。

 それなのに、身体中に広がっていくのは、どうしようもない多幸感でした。

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