第75話 影の自罰:愛の距離を置く選択
深夜、私の部屋は静寂に包まれていた。窓の外の街灯がかすかにカーテンを照らし、机の上で光るスマートフォンの画面だけが、私の手元を明るくしている。
Lineの通知音が、また鳴った。星野 翔からだ。
――「遥、今から会えるか?」
私は息を呑む。胸の奥がぎゅっと締め付けられる。彼のその言葉には、私を求める熱と、焦燥が混ざっている。けれど、私はもう、簡単に応えられない。
明里の言葉が、頭の奥で繰り返された。
_「私的な幸福に留まる愛では、彼の未来は不安定になる」_
私は、星野 翔の夢を守るために、今、彼から自分を引き離さねばならない。それが、私が選んだ愛の形――愛するがゆえに距離を置く決意。
手が震えながらも、画面に文字を打つ。
――「ごめん、今日は忙しい」
送信ボタンを押す指先に、微かな痛みを感じる。冷たい文字――でも、それは私の心を切り裂く愛の証だった。彼の愛を拒むこと、それが私にとって、最も残酷な自罰だ。
数秒後、すぐに返信が返ってきた。
――「忙しい? 誰といるんだ? 俺から逃げるな」
彼の激情的な言葉が、画面から迸るように飛び込んでくる。胸の奥で小さな炎が揺れる――愛されている証、独占されている証。それでも、私は屈しない。
――「本当にごめん。あなたの練習や未来の邪魔になりたくないだけ」
送信した後、手が震える。画面の文字を見つめながら、私は自分の胸に問いかけた。これが愛なのか、罰なのか、それとも救いなのか。答えはひとつ、私の中にあった。
_私は、彼を支配する愛を捨てた。彼の夢を守るために、私は再び影に戻る――それだけが、今できる愛の形。_
Lineの通知は鳴り止まない。星野 翔は焦燥に駆られ、文字を送り続ける。
――「なんで返事が遅いんだ! 俺は……俺はお前を待ってるんだぞ!」
――「遥、お願いだ。今すぐ来い」
――「俺のこと、そんなに嫌いになったのか?」
その言葉のひとつひとつが、胸を刺す。彼の焦燥は、私の愛の報いだ――けれど、私はその報いを受け入れない。
画面を見つめながら、私はつぶやく。
「私の愛は、彼の夢の負担にしない。それが、私の選んだ、唯一の道だった」
深呼吸をひとつ。涙が頬を伝う。甘く、痛く、でも確かな痛み。私は彼の熱に触れたまま、冷たく距離を置く。愛するがゆえの自罰――それが、私の魂の選択。
――「ごめん、今日も会えない。練習に集中して」
文字を送る指が、震えながらも確かに画面を打つ。送信ボタンを押す瞬間、胸の奥の何かが切り裂かれる。彼の怒りも嫉妬も、私への愛だ。私はそれを理解している。それでも、譲れない――彼の未来と夢を、私の感情で乱すわけにはいかない。
スマートフォンを机に置き、私は頭を抱える。心は焦燥で揺れ、痛みで満ちている。星野 翔に会えない寂しさ。拒絶する苦しみ。それでも、胸の奥の信念は揺らがない。
_私は、彼の支配を拒否した。でも、今は、愛ゆえに自分を支配する――私が冷たくすることで、彼を守る_
夜の静寂の中で、私はLineの画面を見つめる。数秒ごとに返信が届くが、私は読みながらも返さない。その間、星野 翔は文字の向こうで焦燥にかられているのだろう。彼の愛が、私に向けられていることを知りつつ、それを距離を置く形で受け止める。
「ごめんね……でも、これが私の愛の形」
静かに心の中でつぶやく。私が選んだ道は、激情の愛に距離を置くこと。しかし、その距離は拒絶ではない。愛するがゆえの、最も冷徹な愛。
時計の針が深夜を指し、部屋は沈黙に包まれる。スマートフォンの光だけが、私の決意を映し出す。胸の痛みは消えない。けれど、私は立ち上がる――星野 翔の夢を、彼自身の光を守るために。
_彼の焦燥は、私の愛の報い。でも、私は、その報いを拒否する。私の愛は、彼の夢の重さを背負うための、影の愛_
深く息を吸い込み、私はベッドに横たわる。夜の静寂の中、胸の奥の痛みと共に、私は眠りにつく。愛する者を遠くから守る――それが、私の選んだ影の自罰であり、魂の選択だった。




