第30話 禁漁区ではない
海は広いな大きいな。
でも行きたくないな他所の国……。
俺は目の前に広がる大海原を見ながら、そんなことをのんびりと考える。
いや、照り付ける太陽はそこそこだけど風は凄まじく、潮騒は大荒れとまではいわないけど、海岸に叩きつけられる波が中々の轟音を発しており……のんびりよりも荒々しさを感じる光景か。
「ビーチには程遠いな」
「うむ。海水浴というよりも磯釣りって感じの海じゃな」
俺の横で何故か腕を組み、仁王立ちスタイルのフィオが頷く。
海風を受けて髪の毛が荒ぶりまくっているけど、今日のフィオはスカートではなくパンツスタイルなのでそっち方面の問題はなさそうだ。
「この近くの砂浜も……砂浜って言うより砂利浜って感じだったしな。海水浴場には向いて無さそうだ」
そもそも海で遊ぶってのはまだ難しいか?
プールとかもないし、内陸の人たちは泳ぐこと自体できない人が多いだろう。
……プールでも作ってみるか?
というか、学校で水泳の授業とかやったほうがいいのかな?
「まぁ、海には魔物が居るしのう。海岸を砂で埋め立てたとしても、海水浴場として開放するのは難しいじゃろうな」
そうか……海には魔物が居るから、泳ぐこと自体危険なのか。
「魔物か……船に使っている魔除けってのは使えないのか?」
「んー、海水浴場を作るのは難しいのう。アレは船底に仕込んで気配を殺すというか、海と一体化させるというか……周囲に溶け込ませるような仕組みじゃからのう」
「結界みたいな感じじゃないのか。カモフラージュ系となると、不特定多数を守るのは難しそうだな」
魔物を寄せ付けないって感じじゃなくって魔物に気付かれないって感じか。
つまり万が一気付かれたら、普通に襲われるってことだよね?
「航行の安全という意味では中々心強いんじゃがのう」
「そうなのか?」
「うむ。船はずっと動き続けておるが、見事に周囲に溶け込んでおるからのう。見事なのは視覚的に誤魔化すだけではなく、魔力的にも感知しにくくしている点じゃな。魔物は視覚以外の感知方法を有していることが少なくないからのう。特に海の魔物は目以外の感覚器官の方が優れておることが多い」
……マズい。
フィオの言葉が加速してきた。
このままだと内容がどんどん難しく……専門的になっていくだろう。
今のところ俺にも理解できる内容だけど、これからどんどんわからない単語が出て来て……数字が出て来たらもうほんと無理でござる。
「……順調にミルオース中央皇国に向けて航海しておるじゃろう」
そんな俺の内心が伝わったのか、にんまりとした笑みを見せながらフィオが話題を少し変える。
「そうだな。向こうに到着したら……忙しくなりそうだ」
俺じゃなくてみんなが、だけどね。
「国の規模としてはスラージアン帝国や魔王国レシュトオルグ以上。保有している戦力もある程度は聞き取っておるが、肝心の英雄に関しては未知数と……普通に考えれば、いきなり敵に回すのは得策ではないのう」
「まぁ、そうだよな。普通は」
フィオの言葉に俺は苦笑して頷く。
そう。
普通は未知の超大国相手に、宜しい、ならば戦争だ……とはならんだろう。
しかし、うちは……エインヘリアは普通ではない。
キリクたちがやるって言ったんだから、それはもうやっちまうしかないのだ。
……いや、違うな。
俺がやると決めたからやるんだ……キリクたちのせいにする訳にはいかないね。
そもそも、他国を植民地化して人と資源を食い散らかす連中を放置することはできない。
義侠心とか正義感とか、そういう面倒な御題目ではなく……それを放置した場合、俺たちが不利益を被るからだ。
この世界の海は、向こうに比べて危険が段違いに高い。
そんな中、安全な航海技術を持ち、魔導砲を搭載した艦隊や魔導銃を装備した一般兵を有しているミルオース中央皇国の軍事力は、英雄の存在を抜きに考えれば俺の知る国よりも二歩も三歩も先に進んでいるといえる。
そんな国が俺たちのあずかり知らぬ場所で勢力を拡大し、その力で人という替えのきかない資源を浪費することは看過できないということだ。
戦争とかなんだとかで人が大量に減るのは、我がエインヘリアにとって百害あって一利なし。
侵略戦争でバンバン人死にを出されては、溜まったもんじゃないのだ。
だから潰す。
ミルオース中央皇国の技術の進歩は素晴らしいと思うし、俺たちのいる大陸でも霊峰の大陸でも成し得なかった技術を生み出したことは本当に凄いと思う。
開発能力だけでいえば、うちに匹敵するかもしれない。
……それは言い過ぎなのかな?
「それにしても、今日はなんで海に来たのかの?」
今更ながらフィオがそんなことを聞いてくる。
うん、まぁ……唐突に朝、海に行こうぜって誘ってここまで来ちゃったからな。
因みに海に来たかった理由だけど……深いものは全くない。
強いて言うなら……先日、ミルオース中央皇国に出発した船団を、フィオは開発部の子たちと見送りに行ったんだけど、その時に採れたてのイカがめっちゃ美味しかったとか……そういう話を聞いて食べたくなったから……とか?
後は、フィオがちょっとここ最近根を詰めてるようだったので、少し息抜きにでもなればと思って……とか。
「……朝起きた時に思ったんだ」
「うん?」
俺が海に視線を向け……水平線の向こうを見るくらい遠い目をしながら言うと、フィオが小首をかしげる。
「海って斬れるのかな?って」
「斬れる訳ないじゃろ。相変わらずアホじゃな」
そういうフィオは相変わらず辛辣ですね。
「いや、ほら漫画とかであるじゃん?海を斬って……何故かしばらくそのまま斬れたままになってるヤツ」
「……まぁ、そういう創作はあるのう」
「でだ、このフェルズの身体スペックと覇王剣ヴェルディアの力なら……ワンチャンできんじゃね?って思うんだけど」
「できんじゃろ」
夢も希望もない……というか、女の人ってマジ現実主義。
「願いを叶える儀式魔法とかいうふわっとした効果の儀式魔法を生み出したくせに、何と夢のない魔王であろうか」
「……」
俺の言葉に、フィオが思いっきり顔を顰めている。
「いや……あれは、なんというか……物凄く高度な儀式魔法だったんじゃぞ?」
「そりゃまぁ、簡単にそんなものできないとは思うが……」
っていうか、この話をネタにするのは……デリカシー無さ過ぎたかもしれない。
フィオの悲願であり死因だからな……。
「まぁ、私が天才すぎたというということじゃな。自分の才能が恐ろしいのう……ほほほ」
全然気にしてなさそう……というか、本心から胸を張ってる感じだな。
組んだ腕の上に乗っている胸部装甲が、本日も素敵な自己主張をしていらっしゃる。
そんな目の前の雄大な光景から視線を外しながら口を開く……海のことだよ?
「というわけで、俺も海が割れるんじゃないかと……」
俺がそういうと、何故かフィオが勝ち誇るような笑みを浮かべながらこれみよがしにため息をつく。
「何もという訳にはなっておらんが……よしんば海を割る程の威力で海を斬ったとしても、斬った傍から元に戻るじゃろうし、お主が見たがっておる光景は作りだせんじゃろうな」
「むぅ……」
何故か割れっぱなしの海……見たかったのに。
「それに、お主が全力でその剣を振ったら……斬れているのに斬れていないとかいうおかしな現象が起こるじゃろ?アレはアレで漫画みたいなもんじゃし、そっちで我慢しとくのじゃ」
「……確かにアレも凄いけど、見た目めっちゃ地味じゃん?」
見た目何も起きてないのと一緒だもん……。
っていうか俺が見たいのは壮大な真っ二つであり、達人の妙技ではない……正反対の結果じゃん。
しかも普通に剣を振ったらそうなるだけで、達人でもなんでもないし。
「斬られたことどころか、斬ったことすら気付かない程地味じゃの」
「だろ?おかげで剣を使ってるのに足癖ばっかり悪くなってな……」
咄嗟の時にすぐ足が出るようになっちゃったんだよな。
というか、剣もなぁ……霊峰の大陸では藁ソード(笑)で戦ってたし、実戦では殆ど使ってない気がする。
まぁ、俺が戦うこと自体そんなにあることじゃないしね。
俺が戦いたいって言わなければ出番はそもそもありえないし、俺自身、体を動かしたり魔法とかを使ったりするのは面白いと思うけど、実戦は正直そこまで……魔物とか相手なら別にいいんだけど、対人とかはちょっと微妙かな。
なんというかスペックが違い過ぎて、必要な時以外率先して戦いたいと思わないんだよね。
ジョウセンたちとの訓練は結構面白いというか、自分自身でも意味がわからないくらい体が動くし、面白くない訳がないって感じだ。
「ジョウセンからは足癖を直すようにいわれておるのかの?」
「……多用しすぎは良くないと言われているが、使うこと自体は止められていないな」
「ふむ……魔法ならともかく、戦闘に関してはさっぱりわからんしのう。まぁ、ジョウセンが止めないのであれば、その足癖も捨てたものではないということじゃろうな」
多分そうなんだろうね。
まぁ、苦し紛れに放つ蹴りは注意されることが多いんだけど……。
「それはそうと、このままここで海を眺めておるだけかの?」
「む……そうだな……」
……さて、どうしよう?
ノリで来ちゃったから、何も考えてないんだよね。
水揚げ直後のイカは……この時間だともう遅すぎるしな。
「……釣りとか?」
「ふむ。興味が無いとは言わんが……道具はあるのかの?」
……ないです。
適当に言ってみただけなんで……ってか、興味がある感じだったのならちゃんと用意しとけばよかったな。
「道具は、どっかで借りれば……」
「……道具……あります……」
道具をどっかで借りようと提案しようとしたんだけど、ウルルが両手に釣り竿を始めとした釣り用品を持ってスッと現れた。
ウルルは俺たちの護衛として、いつものように見えない位置で待機してくれていた筈だけど……どうして釣りの準備が出来ているんですかね?
あと、何でウルルは麦わら帽子被って長靴履いて……完璧な釣りスタイルなんですかね?
差し出してくれている釣り道具は二人分あるし……ウルルが釣りをして遊んでいた訳ではないと思うけど……ま、まぁ深く考えてはいけない。
きっとこんなこともあろうかと用意しておいてくれたのだろう。
しかしそれはそれとして、俺たちの会話筒抜けなんだけど……俺の覇王ムーブ大丈夫?
「ありがとう、ウルル。助かった」
「ありがとうなのじゃ」
「……ん」
俺たちがお礼を言うと、ウルルは満足そうに頷き姿を消した。
「よし、じゃぁ……磯釣りでもやってみるか」
「……餌ってどうやってつけるんじゃ?」
「任せろ」
以前サリアに教えてもらったからな……つけるだけなら問題ないぜ。
勿論、前サリアに教えてもらったから任せろ!などとは言わない。
俺はデリカシーある系の覇王だからだ。




