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第280話 冷製スープもでる



View of ラヴェルナ=イオドナッテ スラージアン帝国公爵家長子 皇帝補佐官筆頭






「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば」


 そろそろエインヘリア王陛下と約束の時間だというのにまだ震えているフィリアの姿に私はため息をつく。


「フィリア。いい加減腹をくくりなさい。いつまでそうやっているつもり?」


「あば?」


 言語すら失ったフィリアが、目をウルウルとさせながらこちらを見つめてくる。


 これがスラージアン帝国皇帝陛下の姿だと思うと涙が出てくるわね。


 あとちょっと可愛いのがムカつくわ。


 私は今日中に沸き起こった怒りに任せ、平手でフィリアの額を叩く。


「しっかりしなさい!貴女、そんな状態でエインヘリア王陛下に会うつもりなの!?」


「ば、そんなつもりはないけどにょ?」


 私は更にもう一発フィリアのおでこに一撃入れる。


「さっきから痛いんだけど!?」


「貴女がシャキッとしないからでしょ!そんな態度が許される年齢だと思ってるの!?」


「ね、年齢のことを言ったら戦争よ!」


 フィリアはもう二十代にサヨナラしているから、非常に年齢の話に敏感……まぁ、私みたいに結婚してしまえばそんなに気にならなくなるのだけど……ふふっ。


「その勝ち誇った笑みを今すぐ止めないとぶっ飛ばすわよ」


「興奮したり暴れたりすると折角のセットが崩れるわよ?」


 私が口元の笑みを消すことなく言うと、フィリアが一瞬物凄く悔しそうな表情を見せた後、大きく深呼吸をする。


「きょ、拒絶されたらどうしよう……」


「その時は、計画を練り直すだけよ」


 断られるとは思わないけどね……国としての利益……懸念点はあれど最低限は得られるし、フィリアとエインヘリア王陛下の仲は良好だし……何より、エインヘリア王陛下は民に無理を強いることを一番嫌がる。


 それが他国の民であっても……アレだけの力を有しているからこそ許される傲慢だけど……嫌なものを一切感じさせないどころか、全てにおいて超越し過ぎて畏敬の念しか覚えないのよね。


 ……フィリアも物凄い相手に惚れたものよねぇ。


 確かに、物凄く美形だけど……何もかもが凄すぎてそういう対象にとてもじゃないけど見られない。


 そんな相手に懸想する……やっぱりこの子も常人とは違う存在と思えるわ。


 何にしても、そんなエインヘリア王陛下が今回のことを断るとすれば……生まれていもいない子を利用しようとしているところでしょうね。


 エインヘリア王陛下は自身が泥まみれになることは厭わないタイプだけど、他者にそれを押し付けることをひどく嫌うタイプでもある。


 民の安寧の為とは言え、我が子をそのように使うことを許容できるのかどうか……我が国で育て、教育するとはいえ、エインヘリア王陛下が愛情深いタイプであるなら……ひと悶着どころではなく有りそうね。


 でも、計画を練り直すだけとは言ったけど……これ以上に流す血を減らす方法はない。


 それこそ、エインヘリアに動いて貰いでもしない限りは……って、マズいわね。


 エインヘリアが動くことを理由にフィリアが振られる可能性があったわ。


 エインヘリア王陛下なら、そんなことしなくても俺が叩き潰すとか言って……明日には全部ことが終わっていてもおかしくないわね。


 ……これはテンパってるフィリアには言わないでおきましょう。


「さぁ、そろそろ時間よ。会食会場に向かいましょう」


「へ、へい!」


 皇帝がする返事じゃないわよ、それ……。


 あり得ないくらいにがちがちになるフィリア……これでもこの部屋を一歩外に出れば普段通りになるのでしょうけど……大丈夫よね?






View of フェルズ ハーレムとかいいよねと思っていたけどいざそうなりそうになったら罪悪感で死にそうな覇王






 本当に俺は正しい判断をしたのか?


 いや、どう考えても滅茶苦茶間違ってる気がする。


 キリクやイルミットは太鼓判を押していた。


 フィオは……ちょっと拗ねながらも背中を押してきた。


 ここで拗ねる姿を見られなかったらへこんでたと思う……だからフィオはわざとそんな姿を見せた?


 あ、イカン。


 めっちゃ疑心暗鬼に陥っている。


 落ち着け覇王。


 お前は覚悟を決めてここにやってきたのだろう?


 フィリアの真摯な想いを受けて、その想いに応えると決めたのだろう?


 ならば迷いは捨てろ。


 ……っていう思考をここ最近ずっとしてきたわけだが、今の俺は超開き直っている。


 アジの開きでもここまで開かれてないってくらい開き直っている。


 だって我覇王ぞ?


 ハーレムとか酒池肉林とか現地妻とか、そんなん余裕だし?


 これは政治の問題だし?


 国益の為の政略結婚だし?


 ありよりのありだし?


 ありおりはべりいまそかりだし?


 ……。


 よし、俺は冷静だな。


 こんなに冷静なのは、あの時以来だな……うん、思い出せないけどあの時以来だ。


 因みに、そんな冷製スープもかくやってくらい冷静な俺が今居るのは、エインヘリア城ではない。


 そうか、だから落ち着かないんだな……いや、超落ち着いてるけど。


 ただ、部屋がめっちゃ広いのに、俺と壁際にいるメイドさんしか居なくてめっちゃ落ち着かない……こともない我覇王。


 しかしあれだな?


 喉が超渇くな。


 お水を一杯所望したい……けど、なんかよそんちのメイドさんにお水くれない?って頼むの、覇王的に難しい。


 今日は用件が用件だから、リーンフェリアも最近護衛兼メイドとしてついてくれるプレアもいないし……さて困ったな。


 覇王の水の頼み方ってどんな感じ?


 水を一杯所望する……いや、何か武士っぽいな。


 指パッチン……なんか違う。


 ……やめとくか?


 いや、フィリアが来た時に喉が張り付いて、第一声に失敗する方が色々と沽券に関わる様な……。


「ま、待たせてしまったな。フェルズ」


 ってなことを考えていたら、フィリアが部屋に入ってきた。


 すぐに返事をしようとしたのだが、喉が張り付いていたのと……フィリアの装いが普段と違うことに驚いてすぐに返事ができなかった。


 普段のフィリアは、どちらかというと格好いいタイプの服装を好んでいる。


 いや、男装って訳じゃないよ?


 なんというか、シュっとして格好いい感じなのだ。シュっとして。


 しかし、今日のフィリアは格好良さよりも女性らしさが前面に出ているというか……化粧の雰囲気もいつもと違うけど、何より肌色の部分が多い。


 き、気合いだ!


 俺は喉が引きつらないように細心の注意を払いつつ……普段通りの笑みを浮かべながら答える。


「くくっ……気にするな。といいたいところだが、今日は少し立て込んでいたせいで食事が取れなくてな。腹が減ってしまった」


 肩を竦めながら言う……まぁ、喉はカラカラだけど、正直空腹なんて覚える余裕は……あるけどね?


「それはすまなかったな。すぐに食事を持って来させよう」


 フィリアがそう口にしながら俺の向かい側に座り、同時にメイドさんが部屋の外に……入れ替わるように給仕の人たちが部屋に入りセッティングをしてくれる。


 この部屋、物凄い長いテーブルを置いて大人数での会食をやる様な部屋だと思うんだけど、今は俺とフィリアが座るのに丁度良い距離感の丸テーブルが一つ置かれているだけだ。


 さすがに立食パーティーをやるほど広くはないけど、それでもなんか寒々としたものを感じる……まぁ、広すぎて落ち着かないとか言わないけどね!


 運ばれてきた食前酒で口を湿らせて……これで喋るのは問題無さそうだ……と思っていると、フィリアが呷るように食前酒を一気飲みする。


 いや、大した量ではないにしても……そんな勢いで飲むようなもんではないと思いますぞ?


 あれ?


 もしかしてフィリアも緊張してる?


 いや、そりゃそうか。


 前に会ったのは……フィリアから告白された時だ。


 フィリアにとっても、帝国にとっても大きな分岐点……さしものフィリアも平静ではいられないというか、緊張するなという方が無理な話だろう。


 しかし、俺にも似たようなことは言えるんだけど……この状態でご飯の味わかる?


 っていうか、喉を通る?


 食前酒を一気飲みしたのって……酒で緊張をほぐすってよりも、俺と同じように喉がカラッカラだった可能性もあるよね。


 ……先に話をするか?


 その後で食事……?


 いや、それはそれで中々難易度が……。


 しかしこの覇王、嫌なことは先に終わらせるタイプ……いや、嫌なこととか言ったらあかんわ。


 ……格好つけるわけではないけど、これはフィリアにとっても大事なことだし、緊張で味も何もわからない気はするけど……まずは食事をして、落ち着いてからゆっくり話をしよう。


 丁度料理も運ばれて来たしね。


 お皿にちょこんと乗った胡麻豆腐みたいな料理……大丈夫だ、覇王的にテーブルマナーはしっかりと学んでいます故……。


「きょ、今日の料理は帝国の伝統的な料理だ。エインヘリアの料理とは味わいが異なるだろうが、料理人たちが長年研鑽を積んできた集大成。口に合えば嬉しく思う」


「スラージアン帝国の伝統料理か。それは楽しみだ」


 ということは、これは胡麻豆腐じゃない……いや、前菜に胡麻豆腐が出てくるコース料理を俺は体験したことがない。


 ……懐石料理ならワンチャンあるか?


 わからんし、今それはどうでもいい。


 未知の料理はただただ楽しみ……しかもスラージアン帝国の帝城で出されるような料理だ。


 期待しかないよね。


 俺はこの瞬間、先程までの緊張をすっかり忘れ……帝国式のコース料理の攻略を開始した。



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