78・忍び寄る影
広い食堂でテーブルの席に着いた俺は、その豪華な食事を覚えていない。
食事の間、離れた席に着いたサジリナを盗み見ては、頭を沸騰させるという繰り返しをしていた。
あれは何だったのか。明らかに誘っているようだった。何故? この俺を? どうして?
頭はパニックで料理の味も何も、分からなかった。
サジリナを見れば彼女も俺の方をチラチラと見ているようだ。
たまに目が合うと恥ずかしげに逸らす。
これは……そうなのか? そうだったのか? そういう事なのか? そうならいいな……と頭の中をグルグルさせていると、いつのまにか食事の時間も終わっていた。
「ご馳走さまでした。とても美味しかったです。わたくしも初めて食べた料理がたくさんありました」
「なの!」
「おそまつさまでしたわ。今日の所はお疲れでしょうから、お部屋でごゆっくりお休み下さいませね。アランさんたちの武勇伝は明日にでもお聞かせ願いたいですわ」
メイドたちに部屋を案内してもらうと、驚いた事に五人ひとりひとりに部屋が用意されていた。
サーラは少し不安そうにしていたが、せっかくなのでと皆何も言わずに各自部屋に収まった。
俺はベッドに横になり、パンクしっぱなしの頭を冷やそうと目を閉じる。
女騎士のおかげで少しは耐性も出来たかと思ったが、いざそういう状況になるとどうにもならないのが男の性だ。
この先どういう態度をとればいいだろうと考えようとするが、まだ頭が回転してくれそうにない。
それどころか時間が経つにつれ、何も考えられなくなっていく。
もう寝てしまおう。俺は諦めて毛布を頭まで被り、寝に入った。
どれくらい眠ったのだろう。――ふいに目が覚めた。まだ夜中のようだ。
再び眠りにつこうとした時、部屋の異変に気付く。
何かが居る。――扉の辺りだ。
そのシルエットが動き出し、近づいてくるとそれはサジリナの姿となって現れた。
「サジリナ?」
サジリナはその薄い唇に人差し指をあて、静かにするようにとジェスチャーする。
肩からショールのようなものを掛けているが、その下はまるっきり下着姿だった。
その恰好でベッドまで来ると、突然俺に口づけしてきた。
「んん!?」
「アランさん……どうかこのままお静かに……受け入れて下さいませ」
一度離れた唇がそう告げると、また俺の口を塞いできた。
冷めかけた頭がまた沸騰する。いや溶けた。
俺の全身を溶かしたまま、サジリナは自らの下着を外す。
再び晒されたその裸体に眩暈を覚え、もうどうにでもなれと開き直った時、その体が被さってきた。
そして俺は拘束された。
首と腕と胴体と足を――
――サジリナの異様に長く伸びた髪の毛で。
「!!!」
「やっと……捕まえたぞ……」
サジリナの口が、男の声で言い放つ。
「この女に植え込んだ髪は、俺が自ら編んだ超高硬度の魔法繊維だ。動けまい」
何だ? 何を言っている?
「その繊維は魔力の放出を抑え込む。お前がいくら膨大な魔力を持っていても今は何もできまい」
「んー!」
俺の腹の上に全裸で跨り、見下ろすサジリナの目は虚ろだ。
未だに伸び続ける髪の毛は、既に俺の全身を覆っていた。
今は俺の口をも塞いで、鼻から上が出ているだけの状態だ。
「お前はヴィーダ様にとって邪魔となる存在なのだ。ここで死んでもらおう」
サジリナは男の声で宣言すると――
次に取った行動は目を見張るものだった。
――自分の腹に手刀をを突っ込んだのだ。
白い肌に血の花が咲き、腹の中で何かを探るようにしてやがて、ナイフとは違う――小さな剣を取り出した。
俺は口もきけず、サジリナの狂った行動を見ている事しかできない。ただ、ただ恐怖した。
自らの腹に穴を開けたサジリナは、血まみれの剣をゆっくりと持ち上げる。
その剣が魔力によって発光し、俺の唯一露出した顔に振り下ろされんとした刹那、その腕が爆ぜた。
ドン! といういつか聞いた発砲音のようなものが聞こえたが、何が起きたのか分からない。
サジリナは扉の方を振り向き――
「何故お前がここに居る? そして今なにをした?」
――訊くが答えはない。最後の方の言葉には、非常に強い怒気を孕んでいた。
全身を拘束された俺はその方向を向く事はできなかったが、天使のどちらかが来てくれたのだろうか。
扉の方向から光が迸り、部屋全体を明るくする。――フォウの魔法か?
次の瞬間、サジリナは糸の切れた操り人形のように俺の上から崩れ落ちた。
「アラン!」
「なの!」
天使たちが駆け寄ってきた。やはりこいつらが助けてくれたようだ。
どうやらサジリナはもう動く事もないようだ。男の声は誰だったのか、そしてそれは憑依だったのだろうか。
――いや、あいつだ。あいつしか居ない。確かにあの名前も言っていた。
髪の毛の拘束を解くのに、フォウの魔法を持ってしても一時間掛かった。
解放されて自由になった途端、恐怖が蘇ってくる。全身が震え、嫌な汗が噴き出す。
本気で怖かった。死ぬかと思った。実際死ぬ寸前だった。
サジリナは片腕の無い遺体となって床に転がっている。
死因はその腹に開いた穴なのか、憑依された事によるものなのか、あるいは既に死んでいて操られていたのか、何も分からない。
「アランが狙われましたね……」
フォウの告げる事実が、俺をさらに不安に掻き立てる。
この後、広壮な屋敷を捜索したが、メイドや料理人を含むすべての使用人たちは殺されていた。




