79・ジーク その屈辱
俺はジーク。魔王軍の幹部でもあり、暗殺者でもある。
俺の仕事に妥協はない。
俺はあの化け物パーティーを常に監視していた。
安全と思われる範囲のさらに倍の距離を保ちつつ気配を消し、魔力の微かな漏れも感知されないように隠ぺい術式まで施した。あの男と同じようにだ。
あの男はこんな魔力をごっそり持っていかれるような作業を、常に行っているのだ。その事実だけで空恐ろしくなる。
やつらが王都を出た頃には、全員の名前も把握した。あいつらは平然とお互いの名前を街中で呼び合っていたのだ。
暗殺者の俺からしたらありえない事だ。もし呪術士の『到達者』が居たとしたなら、その名前だけで呪いを掛けた事だろう。――だがそれは俺の専門外だ。
王都を出た後も、やつらはまるで警戒心がなかった。どういうことだ。
まさか俺が諦めたとでも思っているのか。
確かに普通の暗殺者ごときなら、あの中のひとりと相まみえただけですべてを諦め、命を投げ出すかもしれない。
あのアランとかいう男は、今回もそうだと高をくくっているのだろう。
俺もずいぶんと舐められたものだ。
やつらに油断しているという自覚は恐らく無い。すべてが余裕の表れなのだ。
その証拠に川のほとりで風呂などを作って全員で入っている。見張りも立てず、裸になって全員でだ。
ありえない事ばかりしてくれる。
とはいえフォウという少女だけは、いつでも状況を把握しようと努めてはいた。
風呂に入りながら、魔法監視の網は広範囲で広げている。この少女は監視塔の役割を担っていると思われる。
俺はその状況を遥か離れた所で、望遠視力を使い、魔力を隠ぺいしつつ監視しているのだが、それでもいつバレるかと思うほどに少女の監視は広大で繊細だ。
想定した安全範囲をさらに倍に設定した事は正解だった。
こいつらを杓子定規に当てはめて見ていたら、途端に墓穴を掘る事になるだろう。
街道をこのまま進めば、やがて町が見えてくるはずだ。
そこで俺はひとつ、罠をしかけた。
やつらが町に寄るかどうかは賭けだったが、少しでも可能性があるのなら、俺は努力を惜しまない。
ネイファを先行させ、俺の種を託した。俺のスキル――『種』だ。
これを植え込まれた標的は、やがて俺という存在が芽生え、生きながらにして生まれ変わるのだ。簡単に言えば二重人格となるのだが、その種にあらかじめプログラムされた行動を無意識にとらせる事が出来る。俺の影分身と同じ要領だ。
そろそろその種も芽吹く頃だろう。こいつらが町に寄るとしたらタイミング的にちょうどいい。
五日程経って、ネイファが帰還した。無事標的に俺の自我が芽生えたらしい。その上である人体改造を施して来させた。『種』が発動した標的は抗う事は出来ない。俺の思うがままに操り人形と化すのだ。
さらに三日後にはパーティーがあの町に入った事を確認した。そして俺はほくそ笑んだ。
なぜならあいつらは町に入るや否や、真っ先に俺の罠へ飛び込んだからだ。
『種』に洗脳されたギルドマスターのサジリナは、その邸宅にパーティーを招待する事に成功する。
順調だ。あとは慎重に事を運べばいい。
決行は夜だ。それまではサジリナのアドリブに任せる事にする。
それにより風呂場でサジリナが先走りかけたが、結果的にいい方向へ進んだようだ。
夜、思惑通りパーティーを分散する事に成功した。
食事には魔力感知が非常に困難な特殊な睡眠薬を混ぜてある。それも効いてくるはずだ。
そして今。どうだ……計算通り。やっと捕まえたぞ。
これまでは、サジリナの視覚だけに同期をとっていたのだが、ここからは完全に同期させる。
これで俺が俺として、口を利く事が出来る。
アランは既に拘束済みだ。
「やっと……捕まえたぞ……」
俺は俺の言葉として発した。
サジリナから男の俺の声がした事で驚いているな。実に愉快だ。
ネイファが改造した女の髪は、俺の発明の中でも特に秀逸なものだ。
こいつの測れない魔力量に、どこまで通用するのかは未知数だったが、今のこの状況を見れば俺が優位に立っているのは確実だ。
「お前はヴィーダ様にとって邪魔となる存在なのだ。ここで死んでもらおう」
先手を取ったからと言って、調子に乗らないのが俺の長所である。
殺せる時に必ず殺す。俺の信条だ。
女の腹に仕込んだ短剣を取り出すべく、手刀を貫き腹の中を探る。
真っ赤に染まったそれに魔力を籠め、躊躇わずに振り下ろす。
終わった。――そう思った瞬間、短剣を持った腕が弾け飛んだ。
聞きなれた魔力を発射した時の、空気を切り裂く衝撃音。
気付けば部屋の入り口に、いつの間にか杖を構えたサーラとかいう女が立っていた。
こいつに薬は効かなかったのだろうか。それ以前に何故俺が今ここで襲撃していると察知できた?
それよりも、それよりもだ!
何故こいつが俺の発明した魔力弾を、こともなげに撃っているのだ!
その圧縮技術に、どれほどの時間を掛けたと思っている!
しかも、しかもだ!
こいつの威力は俺のそれよりも数段上じゃないか!
「何故お前がここに居る? そして今なにをした?」
「……」
無様にも俺は問いかけ、無視される。
さらにサーラはそのおぞましい杖に魔力を籠める。
光が杖から迸り、部屋全体を明るくする。
あれはまずい、同期した俺の本体にまで被害が及ぶと直感した。
しかも例の少女二人も今の発砲音に気づいたらしく、ここに向かって――既に着いている!
瞬間、俺は完全に同期を解除して離脱した。
残った腕による手刀でせめて……そんな刹那な時間さえも与えられない。
異常な魔力の高まりを見せる杖の輝きが、一瞬の遅れさえも許さなかった。
止めを刺せなかったのは、あの女が俺の技を模倣したせいで、……俺が激怒したのが原因だ。
パーティーの切り札的存在が真っ先に動くとは……。
こんな失態、初めてだ。
そしてこの屈辱も……。
俺はジーク。魔王軍の幹部でもあり、暗殺者でもある。
俺の撤退に迷いはない。




