#011「八月十六日火曜日」
――昨日は、主任から質問攻めだったなぁ。天宮さんもタイミングが悪いよ。
二十七歳。俺より三つ上だもんなぁ。
こっちとしてはストライク・ゾーンだけど、向こうはどう思ってるんだろう?
妹では参考にならないし、そうかといって主任に相談するのも気が引けるし、ウゥン。
まっ。とりあえず、今朝のトピックを調べるか。
ドラマ俳優のツー・ショットに、妊娠、出産、育児中の親子ショット。有名人は四六時中、己を他人に晒しても平気なんだなぁ。おまけに、体型が崩れないから凄い。
*
「お疲れさまです、松本主任」
「お疲れ、木村くん。恋煩いは進行中みたいね」
「冗談がキツイですよ、主任。掘り下げられないうちに、早速、今朝のトピックに移りますね。成人年齢を十八歳に引き下げようという動きがあるようです」
「選挙年齢が引き下げられたから、来ると思ってたわ。税金や社会保障、少年法については引き下げる方向でまとまるでしょうけど、飲酒や喫煙については、意見が分かれそうね」
「それから、月末の金曜日は十五時に退社しようという案も浮上しているそうです。どうも、個人消費を増やすのが目的のようです」
「完全週休二日制を徹底したり、労働基準法を厳格化するのが先じゃないかしら? 好きで残業してる訳じゃないもの。それから、求人票の内容が目安程度にしかなっていないことも問題ね。軽作業は肉体労働のことだし、フリーター歓迎とあれば、フリーターでもやりたくないような仕事だということだし、履歴書不要とあれば、前科者でも雇うということだし、日払いや一日だけでも可とあれば、二度としたくないような内容だってことだもの」
「すべてが、主任の言う通りではないでしょうけど、そういう悪質な求人が求職者を減らしているのは事実でしょうね。五輪でも、労働環境の劣悪さから、ボランティア・スタッフの辞退が相次いでいるそうです」
「人手は欲しいけど、お金は払いたくないのね?」
「その通りなんです。ティー・シャツこそ配布されるものの、現地までの渡航費や、滞在中の食費、交通費、宿泊費は自己負担で、長時間勤務を強いられる上に、身の安全については自己責任なのだそうです」
「よほどの御人好しでなければ、逃げ出したくなるわね」
「東京五輪で、今大会の二の舞を演じないで欲しいところですね。そうそう。陸上、水泳、レスリングと、連覇選手が引退しているのも気になります」
「世代交代の波なのかしらね。現役を続けるには、加齢との戦いでもあるもの」
「でも、暗いトピックばかりでもありませんよ。表彰式で公開プロポーズして、見事にゴール・インした選手もいましたし」
「ゴールしてからが、新たなスタートになりそうね。でも、サプライズが過剰じゃないかしら? あとで、やっぱり無かったことにしようって話になりそうな気がするわ」
「会場の雰囲気に飲み込まれて断りきれず、勢いでオー・ケーしたあとで、冷静になってからが怖いですね」
「僻みっぽくなるけど、容姿に一目惚れしたり、資産に目が眩んだりして決めたら後悔するものよ」
「それは、諦めずに口説き続けたり、関係者に礼儀を尽くしたり、綿密なプロポーズ計画を立てたりした誰かさんと比較してのことですか?」
「わたしの旦那のことを言ってるの、木村くん?」
「ヒィッ。言い過ぎました。ごめんなさい」
「そこまで怯えることないわ。まるで、わたしが猛獣か猛禽類みたいじゃない」
「身の危険を感じる目線のせいですよ。いま、接近してる台風並みに警戒が必要です」
「昨年は台風が多かったけど、今年は少ないわね」
「でも、大雨による河川の氾濫や高波の危険性は変わりませんから、充分な用心が必要です」
「台風が上陸すると、公共交通機関が麻痺して、遅延や運休するから困るのよね」
「いつも以上に混雑しますからねぇ。そういうときに電車の中でどういう行動をするかで、深層心理が分かるそうです」
「どこに座るかとか何をするかとかで、性格が分かるって話?」
「そうです。ご存知でしたか」
「占いや性格分析の本で御馴染みだもの。それこそ、合コンの話題として定番よ?」
「一種の心理戦ですからね」
「席を外してるあいだに、何を言われてるか分かったものじゃないわ。まぁ、そういう陰口を気にするのは、品性の卑しい人間ね」
「いつもながら、バッサリと斬りますね」
「ウジウジ悩んでいたら、グッスリ眠れないでしょう?」
「寝付きが良すぎるのも、病気のサインなのだそうですよ? 入眠まで五分と掛からない人間は、深刻な睡眠不足で脳に大ダメージを与えてるそうです」
「そこまでバタン・キューな生活を送ってないわ」
「そうですか。リラックスに関するトピックもあったんですけど、やめときますか?」
「参考程度に聞いておくわ。せっかく調べたんだから、話しなさいよ」
「一つは、ヨガについてです。眼球を動かしたり、耳を軽く引っ張ったり、意識して鼻呼吸をしたりするだけで、眼精疲労が改善されたり、血行が促進されたり、自律神経のバランスが整えられたりするそうです。もう一つは、アーユルベーダについてです。温かい食べ物や常温の飲み物を摂取する、クミンで代謝を上げる、時間ではなく、おなかが空いた時に食べるといった、カロリーより食べかたを重視することで、健康になるそうです」
「意外と簡素なのね。痩せすぎを疑うようなインストラクターが、常人離れしたポーズをするのがヨガで、精製したオイルでマッサージをするのがアーユルベーダだと思ってたわ」
「東洋の伝統は、奥が深いですね」
「でも、勤務時間や昼食時間が決まってる会社員は、食べたいときに食べるという訳にはいかないわ」
「せいぜい、栄養バランスの良いお弁当を持参するくらいですよね」
「話は逸れるけど、お弁当箱の歌通りに作ったお弁当って、質素すぎると思わない?」
「生姜と胡麻塩のお握りに、人参、山椒、椎茸、牛蒡、蓮根、蕗ですからね」
「焼き魚か揚げ物でも欲しいところでしょう?」
「そうですね。唐揚げの一つでも入っていればと思いますね。そうなると、レモンかタルタル・ソースも必要ですね」
「でも、毎日作るとなると、スーパーで冷凍食品を買ったほうが安上がりでしょうね」
「最近は、コンビニの冷凍食品も侮れませんよ。つけ麺や小籠包やピザといった一品料理から、大学芋やマンゴーなんかもありますから」
「科学の進歩ね。ミックス・ベジタブルで喜んでた時代とは違うわ」
「先端技術は、日進月歩ですからね。自己修復する繊維やプラスチック、絶対に汚れが付着しないジーンズや、悪臭を消してしまう下着は、すでに開発されているそうです」
「まるで空想科学映画の世界ね」
「変わらないものは、何ひとつありませんよ。夏の甲子園では、英語が入り交じったポップス調の校歌を熱唱する高校がありますし」
「七五調の畏まった歌詞の校歌は、時代遅れも甚だしいものね。そのうち、演歌調やロック調の校歌が生まれるかもしれないわ」
「演歌調に、ロック調の校歌の学校ですか。教師と荒波打つ岬まで駆け落ちする生徒や、校舎の窓ガラスを割って回る生徒が育ちそうですね」
「教育効果はマイナスね。音楽といえば、あの五人組歌手に関する報道が続いているわね」
「連日、見ない日はありませんね。確執、不信感、蜜月、対立、憔悴といった文字が記事に踊ってます」
「四十過ぎたメンバーが、これだけ騒がれるとはね。さぞかし、シー・ディーやグッズも売れたことでしょう」
「人気絶大ですよね。しかも今回の解散に関する衝撃は、日本だけでなく、東アジアにも広がってるそうです」
「中国や韓国、それから台湾や香港でも有名よね。国際問題に発展しなければいいけど」
「そうでなくても、韓国議員が竹島に上陸したことで、波紋を呼んでますからね」
「慰安婦問題が片付いたと思ったら、また物議を醸しそうね」
「昨日で、終戦から七十一年経つんですけどねぇ。最近、戦時下生活や、空襲や原爆を題材にした漫画が増えていますね」
「軍部や政治家の目線ではなくて、小市民の等身大の生活を綴った作品が人気よね」
「世の中が変わっても、暮らしは続きますからね」
「モブ・キャラクターにだって、キャラクターの数だけの人生ドラマがあるもの」




