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#012「八月十七日水曜日」

――家電量販店に閉じ込められた人がいたり、チェーン・ロックや鍵を外から紐や糸を使って施錠する仕掛けを思い付く人がいたり、カップ・アイスをカップごと真っ二つにして半分こする人がいたり、世間には色んな人がいるものね。

夏はピーマンが安く手に入るけど、炒めてよし、茹でてよし、和えてよしで、おまけに彩りになるし、色んな具材と相性が良いから、好きな人は重宝するでしょうね。

この双子は顔交換ソフトを使っても、本人以外には違和感が無いわね。本当に交換してるのかしら?

  *

「お疲れ、木村くん」

「お疲れさまです、松本主任。今朝の電車は大混雑でしたよ」

「わたしのほうは遅れが出てたくらいだったけど、運休でもあったの?」

「僕が使ってる路線ではなくて、近くの私鉄で運転見合わせがあったんです。そのせいで改札制限に遭いました」

「災難だったわね。災難といえば、今朝は、群馬県のサファリ・パークで二例目の死亡事故があったというトピックがあったわ。従業員が熊に襲われたみたい」

「一例目は虎ですよね? あと、水牛で大怪我をした従業員がいませんでしたっけ?」

「そのことも含めて、動物の管理体制に問題が無いか、これまで通り営業を継続しても大丈夫なのか、よく考え直して欲しいわね」

「国内の別の場所でも、人間を襲う熊の存在が確認されてますよね?」

「えぇ。野生の生態系についても、気になるところね」

「人間は、食べると美味しいものだと学習してしまったんでしょうか?」

「考えたくは無いけど、その可能性はゼロでは無いわね。ちょっと強引に繋げるけど、お米の美味しい食べかたについてもトピックがあったわ」

「美味しいもの繋がりですか。竈や土鍋で、炭でも入れて炊くんですか?」

「そこまで本格的なことではなくて、炊飯器に一つ加えるだけで出来る工夫についてよ」

「何を入れて炊くんですか?」

「氷を入れると、もっちりふっくらした仕上がりになり、昆布を入れると、味わいが深くなり、寒天を入れると、古米のパサつきがなくなり、日本酒を入れると、甘めに炊き上がり、蜂蜜か大根おろしを入れると、アミラーゼの働きで、お米本来の旨みが引き立つそうよ」

「ツヤがあると、美味しそうに見えますよね」

「わたしとしては、ご飯のツヤより、肌のツヤのほうが気になるんだけどね。飛行機で移動した時、顔や喉が乾燥してると感じたことはない?」

「あります。無性に喉が渇くんですよね」

「機内の湿度は二十パーセント程度に落ち込むこともあるそうよ。だけど、保湿クリームや水分摂取を欠かさないことで、カサつきやイガイガが軽減するの。冬場にも使えるから、覚えておいて損は無いわ。間違っても、顔に水をスプレーしないようにね」

「それ、妹が冬の朝にやっちゃってます」

「止めなきゃ駄目よ。逆効果だから。まぁ、まだ若いから、すぐに補修されるでしょうけど」

「油断は出来ませんよ。伝えておきます」

「下地が整っていない状態では、どれだけ上から念入りに化粧を施しても、砂上の楼閣でしかないもの」

「苦労が水泡に帰す訳ですね」

「水の泡といえば、最近、バブル期の流行が見直され始めてるみたい」

「ソバージュやワン・レンの髪型で、アメ・フトばりの肩パットの入ったボディ・コン・スーツを身にまとって、ディスコのお立ち台でジュリ扇を持って踊るようになるんですか?」

「もしも妹さんが、バイビーとかメンゴとか、ナウい言葉を発しながら、ベンベで迎えに来るアッシーや、イタ飯を奢ってくれるメッシーを侍らせるようになったらどうする?」

「……想像しただけで、具合が悪くなりそうです」

「わたしも現実味に乏しいわ。昭和のパーティー・ピープルは、なかなか理解できないわよね。だいたい、死語が多すぎるわ」

「同じものを指してるのに、世代によって違う言葉は結構ありますよね」

「ちり紙はティッシュ、ハンサムはイケメン、ホット・ケーキはパン・ケーキ、デザートはスイーツ、シナチクはメンマ、お河童はボブ・ヘアー、白粉はファンデーション」

「その辺りは、まだ理解できます。でも、洋服のアイテム名は、やりすぎ感が否めないところがありますね」

「ジャンパーはブルゾンで、ベストはジレ。スモックはチュニックで、トレーナーはスウェット。徳利のセーターは、タートル・ネック・セーターで、シミーズはキャミソール。迷彩模様はカモ柄で、水玉模様はドット柄。オーバー・オールはサロペットで、ジーパンはジーンズ。スパッツはレギンスで、チャックはファスナー。麦藁帽子はストロー・ハットで、腕輪やブレスレットはバングル。厚底サンダルはプラット・フォーム・サンダルで、マネキンはトルソーらしいわ」

「言いかたが違うだけなんですけどねぇ」

「流行語は、オジサンやオバサンを見分ける格好の材料ね。シー・エムやドラマでは、そういう世代間ギャップを逆手に取ったものが増えているわ」

「今やテレビは、視聴者の大半がオジサンやオバサンですからね」

「わたしや木村くんの世代が見ないんだもの。夏のドラマが、すべて視聴率一桁になるのも頷けるわ。同時刻のバラエティー番組は二桁をキープしているそうだけど」

「面白い番組がありませんからねぇ」

「特に、お台場に本社があるテレビ局のドラマが、ヒット作に恵まれず低迷基調なのだそうよ」

「毎年夏に恒例のイベントも、見込みを遥かに下回る来場客数だったそうですね」

「あのテレビ局の凋落ぶりは深刻よ。有力スポンサーから、契約を白紙にするという通告もあったそうだし」

「バブル期の成功体験を忘れられずに、過去の栄光に縋ってジリ貧に陥ってるのは、何もテレビ局に限ったことではありませんけどね」

「オープン・ハートのネックレスやクラッチ・バッグが流行して、バブルが再来するかと言ってる一方で、チョーカーやスカーフやフリンジ小物を、百円ショップやファスト・ファッションのアイテムで自作するのも流行しているし」

「そういうのは、原価は安くとも、安っぽく見せない工夫がポイントなんですよね?」

「どうも、そうらしいわ。わたしとしては、どう逆立ちしても高級品を買えないような給与体制に、疑問を抱いてしまうところなんだけど」

「職場で求められる働きと、その働きによって得られる収入が釣り合ってませんよね。使い捨て要員としての非正規雇用が増えたせいでしょうか?」

「アルバイトといえども、試用期間後は予告無しで解雇することは出来ないし、第三者から見ても明らかなほど著しく勤務態度や就業能力に問題がある場合でなければ、そもそも解雇が認められないわよ? ただ、雇用契約時の規約事項に反する場合は、それを理由に馘にされても文句を言えないから、労働条件確認文書の内容には注意が必要だけど」

「学生時代のアルバイト先で、急に明日から来なくて良いって言われて、本当に翌日から来なくなった人がいましたけど?」

「半年以上勤めていたのだとしたら、その人は手当をもらい損ねたわね。何にせよ、辞めさせられ難い代わりに雇われ難くもあるのが、現代日本の労働市場よ」

「社会の変化が緩やかなときは良いでしょうけど、激動する時代にはマッチしてませんね」

「一度定着した制度は、すぐに改められないから、余計に厄介ね」

「景気回復は、当分お預けでしょうか?」

「太眉やビビット・カラーの口紅が流行していることは、景気回復の兆候らしいんだけどね。ところで、木村くん。つかぬことを訊くようだけど」

「何ですか? 天宮さんのことなら、この前お話した以上の情報はありませんよ」

「進展無しか。でも訊きたいのは、それについてではないの。額は聞かないけど、貯金はしてる?」

「さっぱりですね。つい、散財してしまいます。マズイですかねぇ」

「うぅん。むしろ、貯め込んでたら巻き上げようと思ってたくらいだから」

「おっかないなぁ。パワ・ハラで訴えられないように気をつけてくださいよ、主任」

「わたしをパワ・ハラで訴える部下がいたと上司から聞かされたら、その上司をセク・ハラで訴えてやるわ」

「嫌な三竦み構造だなぁ。ところで、さっきの質問は、何かトピックに関係あるんですか?」

「社長のお金の使いかたは、個性に溢れているというトピックがあったのよ。自分が面白いと思ったことには、投資と考えてドンドンお金を使うべきだという社長や、それで気持ちが豊かになるのなら、お金を惜しむべきではないという社長。節約していかに多くのお金を貯めるかより、何にどれだけ使うかを判断する力を養うべきだという社長に、出来る範囲で良いから手を差し伸べることで、困ったときに差し伸べられる存在になるという社長。共通してるのは、組織のリーダーになる人間は、お金に執着しない人間が多いということね」

「お金に執着しない人間かつ組織のリーダーになった人間を、たまたま取り上げただけのような気もしますけど?」

「集合論を持ち出されると、わたしには反論できないわ。でも、使うべきところに使わないと、使えないまま死蔵することになるのは事実よ」

「気前良く大金を払えると、さぞかし気分が良いでしょうねぇ」

「大金といえば、ボイコット騒動があったナイジェリアのサッカー五輪代表が、かの有名な美容整形クリニックの院長の寄付のおかげで、準決勝に進出したそうよ」

「今度は五輪の話ですか」

「バドミントンの準々決勝で、日本人同士の対決になってしまったり、現役引退を表明するロシアの棒高跳び世界記録保持者が、ドーピング疑惑で出場できなかったことに対して怒りを隠せない様子で、報道陣に感情を爆発させたり、最下位に終わったブラジルのシンクロ・ペアが、前日に片方が異性を連れ込んだことによる仲間割れをしていたことが判明したり。何かとトピックに事欠かないわね、今回の五輪は」

「シンクロといえば、プールが突如として緑色になったというトピックもありましたよね?」

「あれは、清掃業者が過酸化水素水の投入したことによって塩素の殺菌効果が無効化したためだと判明してるわ。酸化還元反応で酸素が増えて藻の増殖して、ついでに食塩も生成されたのね」

「プールが海になってしまいましたね。解散といえば、あの国民的アイドル歌手グループも、報道が続いてますね」

「学校行事に使われたり、ドラマやアニメの主題歌になったり、思い出深い人は多いもの。でも、この五人組だけじゃなくて、演奏中は仲良さそうでも、解散危機に陥ったことがある歌手グループやユニットは多いものよ」

「よくあるのは音楽性の違いですよね」

「個性豊かなメンバーの方向性の違いを、リーダーが中心となって話し合って解決したグループ、ソロ・アルバムで危機になり、メンバー脱退で考え直したコンビ、傍目には笑えるけど、ゲームに夢中のメンバーに怒りを覚えたグループもあるの」

「それでも解散しなかったのは、やっぱり苦労を共にしてきたからなんですかねぇ?」

「売れるまでの下積み時代に、聴衆ゼロの路上ライブを経験したアーティストは少なくないものね。解散つながりで、もう一つ。自由で民主的な日本を守るために立ち上がった、あの学生団体が解散したというトピックもあったわ」

「安保関連法案の撤廃や憲法改正に反対する国会前での抗議デモで、一躍、話題になりましたよね」

「当初は、特定秘密保護法に反対する団体だったらしいけどね。野党共闘による参院選での敗北に、団体の限界を感じたのかもしれないわ」

「主張内容には共感するところが多い半面、抗議行動については、どこか冷めた眼で見てしまうんですよね」

「何がそこまで駆り立てるのかしらね。ついていけない部分があるのは確かだわ。――空気が重くなったから話を変えるけど、この方眼メモに、串に刺さったおでんを書いてみてちょうだい」

「あの、漫画に出てくるようなおでんですか? こういう感じの」

「そうそう。尖った厚揚げに、歪な大根ね」

「はんぺんと玉子では?」

「はんぺんは四角よ」

「四角は竹輪麩ですよ」

「まぁ、その点については後回しにするわ。整った綺麗な字を書くためには、思ったところに筆を運ぶ能力を鍛えるのが一番だというトピックを説明したかったのよ」

「なるほど。そういうことでしたか」

「指や手首に無駄な力を入れず、腕全体を使って書くように心掛けるだけでも変わるらしいわ。それから、利き手も分かったわ。文字を書くのは左なのね」

「元は右利きだったんですけど、野球で痛めたことがあって」

「へぇ。左利きの男性は、女性から見ると独特の魅力を感じるらしいから、恋愛では有利だというトピックもあったんだけど」

「インテリが多いとか、芸術性が高くてクリエイティブだとか、マルチ・タスク能力に優れているとか、リーダーに向いているとか、スポーツ万能だとか、そういうことですか? エー・ビー型が珍しがられるのと一緒で、そうでない人間も多いですよ」

「でも、話のキッカケになるでしょう?」

「目立つのは、目立ちますね。……この流れは、嫌な予感がするんですけど」

「気のせいよ。最近は出会いの場として、銭湯で壁越しに即興で和歌を詠み合う歌垣風呂が人気だったり、日常生活の中で、素面での人柄を見たいという人が増えていることから、珈琲と軽食の朝合コンや、相席ランチや相席カフェが流行しているそうだけど、天宮さんとどこかへ行く約束はしてないの?」

「案の定ですね。もぅ、勘弁してください」

「どうなのよ、そこのところ?」

「飼育員さぁん。ここに放し飼いの雌虎がいます」


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