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第68話 親友。

 旅人は何かに誘われるように森の奥へと歩いていった。

 背後から聞こえてくる楽しげな宴の音から遠ざかると、ふいに森がひっそりと静まり返ったように感じる。


 まだ昼過ぎだというのに周囲はやけに薄暗い。

 旅人が頭上を見上げれば、いつの間にか日差しを透かすサクラの花びらから、濃い緑色の葉が鬱蒼と繁る木々へと変わっている。


 旅人は近くにツクシが生えているのを見つけるとそれを引き抜いた。

 旅人の背丈よりも大きく竹刀のように頑丈なツクシだ。


 食べるには少し固そうだったが、護身用にはなるだろう。


「誰かいるのか?」 


 旅人が森の奥に声をかけるが、返事はない。

 代わりにどこかで大きな鳥が飛び立つような羽の音が聞こえてくる。


 旅人は音のした方へと更に慎重に進んでいった。

 そして、そこで黒い鳥の羽が一枚落ちているのを見つける。


「……」


 手にとって見てみればそれはどこか見覚えのあるものだった。


 旅人は周囲の木々を見渡すと、着流しの懐にそっとそれを仕舞い込む。


 後方から接近する重厚な羽音に気付いたからだ。

 それは鳥が羽ばたくような音ではなく、空気を激しく震わせるような甲虫特有の羽音だった。


「──お前ェ、こそこそ何やってんだァァ?」


「ああ、カナブン丸か……」


 振り返る旅人の視線の先ではカナブン丸が怪訝な顔で飛んでいた。


「何かいたのかァァ?」


「いや、何も……」


 旅人は僅かに思案するが、鳥の羽の事は黙っておく事にした。

 カナブン丸はそんな旅人の様子をじっと伺う。 


「お前は隠し事が多いなァ……」


「……」


 旅人は黙り込んだ。

 カナブン丸の体から僅かに殺気が漏れ出ているのを感じたからだ。


「……まあいいかァ。それより旅人ォ、オイラたちが初めて出会った日の事覚えてるかァァ?」

 

「ああ、もちろん覚えてる」


 カナブン丸は旅人が永久の森で初めて戦った相手である。

 本気で誰かと戦った事自体、旅人の人生では初めての事だったかもしれない。


 思えば長い付き合いになったものだと旅人が苦笑すると、カナブン丸も触覚を吊り上げて笑っていた。


 実際のところカナブンに笑う口などないのだが、付き合いを重ねるうちに旅人にはカナブン丸の表情の変化がはっきりと分かるようになっていた。


「オイラもよく覚えてるぜェェ。あん時は結局、決着つかなかったからなァァ……」


「そうだったか?」


 完成したばかりの必殺技「必殺、旅人返し」と「必殺、旅人だまし」、そしてフェイント技の「必殺、旅人だましだまし」。

 この三種の人畜無害な必殺技を駆使して旅人がカナブン丸を完封したはずである。


 はてと首を捻る旅人をよそにカナブン丸は更に続けた。


「お前とツルむのも楽しかったけどよォ。斬九朗も金剛丸も倒しちまった今、いい加減、決着つけねェとなァァ……」


「いや、少なくとも金剛丸は倒してないだろ」


「──旅人ォォ! 冥土の土産に面白ェもん見せてやらァァ!」


 カナブン丸は旅人の言葉を無視すると、宙に浮かんだ姿勢のまま、天を見上げて六本の足をぴんと伸ばした。


「なっ……!?」


 旅人は思わず息を飲む。

 カナブン丸の全身から、かつて旅人が凍土で見たオーロラのような幻想的な緑色の輝きが溢れ出ていたからだ。

 

『──必殺、緑色伝説最終翔オメガドライヴ!』


 カナブン丸が強い意志を込めてそう叫ぶと、輝きは一層強まり、ナウマンゾウとの戦いで失われたカナブン丸の左の羽根へと集束していく。


 そして、光の翼を象った。 


 鳥の翼のような形をしたそれは、幻想的な緑色の輝きを放ちながらゆらゆらと揺らめいている。


 カナブンの背に生えているという事と、片方だけというアンバランスさを除けば、神々しくすらあるだろう。


「どうだァ旅人ォォォ! オイラ輝いてるかァァァ!? こいつはなァ、お前と出会ったからこそ手にする事ができた力なんだぜェェェ!」


「……ああ、確かに。確かに輝いてるぞカナブン丸! お前はやっぱりすごい奴だ!」

 

 その翼が何なのか、旅人は瞬時に理解すると喝采をあげた。

 それは旅人の使う草木の生命力を引き出す特殊能力チートとは全く性質の異なるものだった。


 カナブンという牙も角もなき、弱き甲虫に生まれながら、それでも本気で最強を目指し続けたカナブン丸の、その愚かしくも強烈な魂の輝きが形を成したものだった。


「──へへッ! 誉めたって手加減しねェぞォォ! それとも負けを認めるかァァ?」


「ばか言うな!」


 旅人は手にしたツクシを槍のように構えると、カナブン丸に負けじと強い意志を込めて叫んだ。


『目覚めろ! 天突く剣テンツクソード!』


 旅人の意思に呼応するように、ツクシの節目から光の粒子が溢れ出し、眩いばかりに輝き始める。


 争いを好まない旅人だが躊躇いはなかった。

 いつか再びカナブン丸と戦う日が来る事は分かっていたし、強く成長したカナブン丸に自身も負けてはいられないと、そう思ったからだ。


「──来い! カナブン丸!」


 ただし、紅葉の着流しの決戦仕様は使わない。

 勝ちを譲ってやる気はないし、手加減する気もなかったが、それでもカナブン丸は旅人にとって苦楽を共にした大切な、尊敬すべき友達である。

 

「……そのツクシが、お前の武器なのかァァ?」


 しかし、旅人の想いに反してカナブン丸の反応は鈍かった。

 幻想的な緑色の輝き放ちながら、旅人が構えるツクシをまじまじと見つめている。


「ああ、そうだ。天を突く剣と書いてテンツクソードだ!」


 そしてツクシと掛けたのだ。

 まさかここまできて武器を使うのが卑怯だなどとは言うまいなと旅人が返す。


 するとカナブン丸はやれやれとばかりに前足で天を仰いだ。

 相手を小ばかにしたような、妙に人を苛立たせる仕草である。


「ハァ……強いヤツってなァ、大抵カッコいいもんだけどよォ。お前は変わんねェなァァ……」


「ぐっ……」


 お前も相変わらず口が悪いヤツだなと、旅人のツクシを持つ手に自然と力が入る。


「……この際だから、言うけどよォォ。『鹿ロデオ』だったかァ……? そんなダサい技で倒された相手が哀れでならないぜェ……」


『──紅蓮の咆哮ファイアストーム!』


 旅人は怒った。旅人にだって少ないながらも誇りがあるのだ。

 困難な戦いの中、必死に編みだした必殺技を虚仮にされては黙っていられるはずもない。


『──上等だァァァ!』


 旅人の着流しからメラメラと憤怒の炎が吹き出すのを見るや否や、カナブン丸は弾けるように飛び出した。

 先手必勝こそカナブン丸の信条である。

 

 無駄に美しい緑色の光の軌跡を描きながら、カナブン丸が旅人へと迫る。

 その輝きにすら苛立ちを覚える旅人は手にしたツクシを遮二無二振り下ろした。


 旅人の怒りに呼応する着流しとツクシから、烈火を纏った斬撃を生み出される。


「食らえ、カナブン丸っ!」


「──甘いぜェェ!」


 しかし、カナブン丸は蛇のように尾をひく光の軌跡を連ねてぬらりと弧を描くと、ツクシを躱して頭上から旅人を急襲する。


「──ぐっ!」


 咄嗟にツクシの茎でカナブン丸を受け止めた旅人だったが、その勢いに弾き飛ばされ大地を激しく転がった。

 旅人が転がった跡には芝が舞い、大地がむき出しになっている。


「すまなかったな、旅人ォォ……オイラ、強くなりすぎちまったみてェだァ……」


 その言葉には、どこか孤高の存在たる者の寂しさが含まれていた。


『──ふっざけるなっ!』


 全身から業火を噴き出しながら、旅人は飛び跳ねるように身を起こす。

 実際、紅葉の着流しとツクシに守られてダメージはほとんど受けてはいない。

 

 カナブン丸が「ケガがなくて良かったぜェ」と微笑むと、旅人はいよいよ激昂した。


「──お前のその羽だって全然似合ってないぞっ! 鳥みたいじゃないかっ!」


「な、なんだとォォォ! お前なんてそれ、剣じゃなくて槍だろうが、このポンコツがァァァ!」


『だ、黙れっ!』


『──戦争だァァァ!』


 その日、永久の森の一角では凄まじい爆発と轟音が日が沈むまで続いたという。


 旅人とカナブン丸の互いの誇りと尊厳を賭けた戦いは、実に不毛なものではあったのだが、二人の表情はどこか楽しげにも見えたという。


 それは、或いは一人の青年と一匹のカナブンが育んだ奇妙な友情の形だったのかもしれない。

 


 






カナブン丸さんは時々読者さんの剛の声を代弁するのです!

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