第九十九話「薔薇の塔の結界と、銀髪の姫の『愛のうわごと』」
その日の朝、薔薇の塔は、静かなパニックに包まれていた。
シャルロッテが、目を覚ましてもベッドから動かず、顔は鮮やかな苺のように赤く染まっていた。エマが触れると、その小さな体は、尋常ではない高熱を発していた。
「大変です、陛下! シャル様が、高熱で……!」
王城は、一瞬にして、国政そっちのけの、大騒動となった。
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【国王と王妃のパニック】
ルードヴィヒ国王は、執務室から半狂乱で駆けつけ、娘の額に手を当てた途端、顔面蒼白になった。
「我が宝よ! なぜだ! なぜ治癒魔法が効かないのだ、エレオノーラ!」
エレオノーラ王妃は、シャルロッテの体に、手慣れた光属性の治癒魔法を次々と流し込んでいたが、病の魔力的な性質が複雑すぎて、一時的な解熱にしかならなかった。
「この熱は、普通の熱ではないわ! オスカー! 国中の最高位の治癒士を、すべて城に集めなさい! アルベルト! 全公務を停止しなさい!」
【アルベルトの戦略的混乱】
アルベルト王子は、冷静さを装いながらも、内心はパニックだった。彼は、妹の部屋の周りに、「外部からの汚染を防ぐため」という名目で、強固な結界を張り巡らせた。その結界は、魔物の侵入を防ぐよりも、妹の安全を最優先する、彼の溺愛の象徴だった。
【フリードリヒの献身】
フリードリヒ王子は、騎士の任務を放棄し、氷を求めて厨房へ突進。土属性魔法で氷を一瞬で生成し、妹の額に冷たいタオルを当て続けた。彼の顔には、「もし妹の病が治らなければ、この王城をすべて破壊する」という、誤った情熱宇野荒ぶる献身の炎が燃えていた。
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シャルロッテは、朦朧とする意識の中で、前世の知識から、自分がインフルエンザにかかっていることを悟った。この病気は伝染力が非常に強い。
「いけない! みんなに伝染しちゃだめ!」
シャルロッテは、家族の愛に満ちた顔を見ながら、必死に訴えようとしたが、高熱で言葉が喉の奥で溶けてしまう。
彼女の口から出たのは、病名ではなく、単語の羅列だった。
「……く、くうき……いろ、うつる…… ぎゅうぎゅう、だめ……もふもふ、だけ……」
シャルロッテは、「空気を介して伝染するから、密集はダメ、モフモフだけを残してみんなは隔離して!」と伝えたかったのだ。
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しかし、家族の解釈は、愛に満ちた、とんでもない方向に進んだ。
ルードヴィヒ国王は、「『空気を、もっと温かく』と! よし、全ての温度調整魔法を最高出力に!」と、室内を熱帯のようにした。
エレオノーラ王妃は、「『色が、薄くなっていく』と! ああ、私の可愛いシャルの命の光が!」と、さらに強力な光属性魔法を流し込んだ。
アルベルト王子は、「『モフモフだけを隔離しろ』と! モフモフは病の元凶か!?」と、モフモフを抱きしめていたフリードリヒから、モフモフを引き剥がそうとした。
「待て、兄上! シャルは、モフモフを側に置きたいと言っているんだ!」と、フリードリヒは頑なに抵抗した。
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混乱の極みの中で、シャルロッテは、モフモフが兄たちに引っ張り合われているのを見て、最後に一言、力のない、しかし強い言葉を発した。
「みんな……可愛くない……!」
その言葉は、王族たちのパニックを一瞬で止めさせた。
ルードヴィヒ国王は、娘の「可愛くない」という言葉に、ようやく我に返り、室内の温度を下げさせた。
数日後、治癒魔法と、シャルロッテ自身の生命力で、熱は下がった。シャルロッテが目覚めると、部屋には、マスクをつけたアルベルト王子と、頭に氷嚢を乗せたフリードリヒ王子が、安堵の表情で立っていた。
「おかえり、シャル。もう大丈夫だ」
シャルロッテは、モフモフを抱きしめ、兄たちの愛の深さに、心から感謝した。王族の愛は、時にユーモラスに、しかし常に、最大級の光で、彼女を包み込んでいた。




