第四百八十七話「王様の『ソバ』と、家臣たちの『大接近』」
その日の昼下がり、ルードヴィヒ国王は、執務の合間の休憩に、ふと遠い異国の味を思い出していました。
以前、極東のキャラバンが振る舞ってくれた、あのこしがあって細長い、ツルツルとした麺料理のことです。
国王は、空腹のあまり、独り言を漏らしました。
「ああ……『ソバ』が欲しい……」
この一言が、王城を揺るがす珍事の引き金となりました。
◆
まず、これを耳にしたのは、忠義に厚すぎる執事、オスカーでした。
彼は、国王の言葉を「蕎麦」という食べ物ではなく、「側」、つまり「近くにいてほしい」という寂しさの吐露だと勘違いしたのです。
「(なんと! 常に威厳を保っておられる陛下が、孤独を感じておられるとは! 執事として、これを見過ごすわけにはいかん!)」
オスカーは、音もなく国王の椅子の真横、距離にして五センチの位置に直立しました。
国王は驚きました。
「お、オスカー? お前ちょっと近すぎないか?」
「いいえ、陛下。お心がお寂しいのであれば、私はどこまでも『ソバ』におります」
国王は(変な奴だ)と思いつつも、まあいいかと流しました。
◆
次にやってきたのは、第一王子アルベルトでした。
オスカーから「陛下がソバをご所望だ」と聞いた彼は、論理的に解釈しました。
「(父上は、王としての重圧に耐えかね、家族の温もりを求めているのだ。物理的な距離の短縮こそが、心理的安全性を高める!)」
アルベルトは、国王の椅子の左肘掛けに腰を下ろしました。
「父上。私も『ソバ』におります」
「ア、アルベルト? 重いのだが……」
さらに、第二王子フリードリヒが駆け込んできました。
「父上が寂しがっていると聞いたぞ! 黙ってるなんて水臭い! 俺の筋肉という鎧で、全方位から守ってさしあげる!」
フリードリヒは、国王の背後に密着し、熱い抱擁(※ヘッドロックに近い)をかましました。
「うぐっ……! 苦しい……!」
さらに悪いことに、エレオノーラ王妃までが、優雅に、しかし強引に、国王の膝の上に座り込みました。
「あなた。言葉になさらなくてもわかりますわ。愛してらっしゃると言いたいのでしょう?」
こうして、国王の椅子周辺は、王族と執事がこれ以上ないほど「密」に凝縮された、暑苦しい肉塊と化しました。
国王は、家族の愛(≒物理的な重量)に押しつぶされ、息も絶え絶えです。
「ち、違う……余が欲しいのは……もっと、こう、ツルッとした……」
◆
そこへ、シャルロッテが、モフモフを連れて、お盆を持って入ってきました。
彼女は、目の前の「王族団子」を見て、目を丸くしました。
「わあ! みんなで、おしくらまんじゅう?」
シャルロッテは、お盆をテーブルに置きました。
そこには、湯気を立てる器に入った、黒くて細長い麺料理――正真正銘の「蕎麦」がありました。
「パパが『ソバ』食べたいって言ってたから、厨房で作ってもらったよ!」
その瞬間、部屋の時間が止まりました。
オスカー、アルベルト、フリードリヒ、王妃の四人は、互いの密着した体を見合わせ、そして麺を見ました。
「「「「そっちかーーーーっ!!!」」」」
全員が、ズコッ! と盛大にずっこけました。
その拍子に、国王はようやく解放され、ゼイゼイと息をしました。
「はあ、はあ……。死ぬかと思った……。余が欲しかったのは、そう、その蕎麦だ……愛はもう十分だ……」
気まずい沈黙が流れました。
しかし、シャルロッテは、箸を配りながら、ケラケラと笑いました。
「でもね、お蕎麦は、一人で食べるより、みんなでくっついて食べたほうが、美味しいんだよ!」
結局、その日の昼食は、あえて窮屈なまま、みんなで肩を寄せ合って、ズルズルと蕎麦をすすることになりました。
王城の歴史において、これほど「ソバ」にいて、これほど「ソバ」を食べにくい食事会はなかったと言われています。
めでたしめでたし。




