↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【TS幼女転生王族スローライフ】姫殿下(三女)は今日も幸せ♪ ~ふわふわドレスと優しい家族に囲まれて★~  作者: 霧崎薫


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

474/724

第四百七十七話「古びた製本室と、老職人の『紙の森の庭師』」

 昨日の凧揚げ騒動が嘘のように、今日の王城は、しとしとと降る雨の音に包まれ、深い静寂の中にあった。


 シャルロッテは、雨の日の湿った紙と、古い糊の匂いに誘われて、図書塔の最下層にある「製本室」を訪れていた。


 そこは、華やかな王城の中にあって、まるで時が止まったかのような場所だった。

 窓辺には、一人の背中の曲がった老人が座っていた。宮廷製本師のサイラスだ。彼は、王家の蔵書の中でも特に傷みの激しい古書を、手作業で修復する仕事を、もう五十年も続けているという。


 サイラスの手元には、表紙が外れかけ、虫食いだらけになった一冊の詩集があった。

 彼は、魔法を使うわけでもなく、ただ黙々と、ピンセットで紙の繊維を整え、(にかわ)を塗り、糸を綴じていた。その動きはあまりに遅く、しかし、祈るように丁寧だった。


「ねえ、サイラスおじいさん。魔法を使えば、パッて直せるのに、なんで?」


 シャルロッテが小声で尋ねると、サイラスは手を止めずに、静かに答えた。


「姫様。魔法は便利ですが、時間は魔法では作れません。この紙には、三百年分の時が染み込んでおります。わしがやっているのは、修理ではありません。()()()()()()()()()()


 シャルロッテは、モフモフを膝に乗せて、サイラスの作業をじっと見つめた。

 彼が一針通すごとに、ボロボロだった本が、少しずつ背筋を伸ばしていくように見える。それは、枯れかけた木に、水をやり、添え木をして、再び命を吹き込む作業に似ていた。


「この本は、わしが死んだ後も、百年、二百年と生き続けるでしょう。わしは、まだ見ぬ未来の誰かが、この森の中で迷わないように、道を整えているだけの庭師に過ぎません」


 サイラスは、書物のことを「森」と呼んだ。

 文字は葉であり、ページは枝であり、表紙は樹皮であると。


 シャルロッテは、その言葉に心を打たれた。

 彼女の目には、サイラスの背中が、ただの老人ではなく、荒れ果てた荒野に、一本ずつ苗木を植え続ける、偉大な開拓者のように見えてきた。

 彼は、誰に褒められることもなく、過分な報酬を求めることもなく、ただ「未来」のために、指先を動かし続けているのだ。


「ねえ、モフモフ。ここは、とっても静かな森の入り口なんだね」


 シャルロッテは、魔法で本を直すことをしなかった。それは、庭師の楽しみを奪うことになるからだ。

 その代わり、彼女は、サイラスの作業台の周りの空気に、木属性と風属性の魔法を、ごく薄く、ヴェールのように掛けた。


 それは、何かを変える魔法ではない。

 ただ、部屋の中に、「森の朝のような、清浄で瑞々しい空気」を満たすだけの魔法だった。


 サイラスがふと顔を上げた。

 薄暗いはずの製本室に、木漏れ日のような柔らかな光が差し込み、古紙の埃っぽい匂いが、若葉の香りに変わっていたからだ。


「……不思議だ。今日は雨のはずなのに、小鳥の声が聞こえるような気がします」


 それを機に老人の手が、さらに軽やかに、リズミカルに動き出した。

 シャルロッテは、何も言わずに微笑んだ。


 一冊の本が修復を終え、サイラスが最後のプレス機を回した時、その本からは、目に見えない「生命の息吹」が立ち上ったように見えた。

 それは、新品の本にはない、大切に守られてきたものだけが持つ、重厚で温かい輝きだった。


「出来ました。これで、この物語は、あと三百年は語り継がれるでしょう」


 サイラスは、満足そうに本の背を撫でた。それは、自分の育てた大木を見上げるような、誇らしげな手つきだった。


 シャルロッテは、部屋を出る時、振り返って深くお辞儀をした。


「ありがとう、(ほん)の庭師さん。また、未来の種を見に来るね」


 雨はまだ降り続いていたが、シャルロッテの心の中には、見渡す限りの緑の森が広がっていた。

 それは、一人の老人が、静かな部屋で、指先だけで育て上げた、永遠に枯れない言葉の森だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。