第四百五十九話「リボンの結び目と、乙女たちの『三つ編みサロン』」
その日の午後、王城の東の塔にある「陽だまりの部屋」は、甘い香水とヘアオイルの香りに満ちていた。
部屋の中央には大きな鏡が運び込まれ、テーブルの上には、色とりどりのリボン、輝く宝石のついたピン、そして銀の櫛やブラシが所狭しと並べられている。
シャルロッテは、図書室で見つけた『異国のヘアアレンジ図鑑』を広げ、目を輝かせていた。
「見て見て! この『お姫様の夜会巻き』とか、『妖精のフィッシュボーン』とか、すっごく可愛いの! 今日はみんなで、これに挑戦しようよ!」
集まったのは、イザベラ王女、マリアンネ王女、そして友人のエリーゼ。
今日は、シャルロッテ主催の「秘密のヘアサロン」の開店日だった。
「まあ、楽しそう。いつもは侍女に任せきりだから、自分の手で誰かの髪を結うなんて新鮮だわ」
イザベラは、袖をまくり上げ(それでも優雅に)、やる気満々だ。
「髪の構造力学と、編み込みの幾何学模様……興味深いわね。実践してみましょう」
マリアンネも、いつになく積極的だ。
「じゃあ、まずはジャンケンで、誰が誰の髪をやるか決めよう!」
結果、シャルロッテはマリアンネを、マリアンネはイザベラを、イザベラはエリーゼを、そしてエリーゼはシャルロッテを担当することになった。
シャルロッテは、マリアンネの背後に立った。
普段はきっちりとシニヨンにまとめられている姉の髪を、そっと解く。滝のように流れる銀色の髪は、驚くほどサラサラで、知的で冷涼な香りがした。
「お姉様の髪、絹糸みたい。今日はね、この眼鏡を外して、ふんわりとした『羊さんのカール』にしちゃうよ!」
「羊……? まあ、シャルに任せるわ」
シャルロッテは、風属性魔法をごく微量、指先に纏わせた。
彼女の指が通るたびに、マリアンネの直毛が、空気を含んでふわりと持ち上がり、柔らかなウェーブを描いていく。
そして、サイドの髪を緩く編み込み、耳の後ろでパステルブルーのリボンで留めた。
鏡を見たマリアンネは、息を飲んだ。
「これが……本当に私? なんだか……我ながらすごく優しい顔に見えるわ」
眼鏡を外し、髪をふんわりとさせたマリアンネは、いつもの厳格な学者ではなく、物語に出てくる深窓の令嬢のようだった。
一方、マリアンネは、イザベラの髪に挑んでいた。
「イザベラ、あなたの髪は完璧すぎるのよ。少し『無秩序』を取り入れるべきだわ」
「カオスですって? まあ、お手柔らかに頼むわよ」
マリアンネは、イザベラの豪華な巻き髪を、あえて崩し、後れ毛をたっぷりと出した「無造作なアップスタイル」を作り上げた。
計算された乱れは、イザベラの華やかさに、アンニュイな色気を加えた。
「あら……悪くないわね。完璧じゃないほうが、かえって目を引くかもしれないわ」
イザベラは、エリーゼの栗色の髪を、芸術的な手つきで編み込んでいった。
小さな白い花の髪飾りを散りばめ、まるで花冠を被っているかのように仕上げる。
「エリーゼ、あなたは森の妖精よ。自信を持って」
「は、はい! こんなに素敵にしてもらえるなんて……夢みたいです」
最後に、エリーゼがシャルロッテの髪を梳いた。
彼女は、シャルロッテの銀髪を、高い位置で二つに結び、それをさらに複雑に編み込んで、「ウサギの耳」のような形を作った。
「シャルロッテ様は、元気で可愛いウサギさんです!」
「わあ! ぴょんぴょんしちゃいそう!」
シャルロッテは、頭を振って、銀のウサギ耳を揺らした。
全員のアレンジが終わると、四人は大きな鏡の前に並んだ。
そこに映っていたのは、いつもの見慣れた自分たちではなく、互いの手によって「新しい可愛さ」を引き出された、キラキラと輝く四人の女の子だった。
「みんな、すっごく可愛い!」
「本当ね。魔法を使ったわけでもないのに、こんなに変身できるなんて」
彼女たちは、互いの髪を触り合い、褒め合い、クスクスと笑い合った。
部屋の中には、「可愛い」という言葉が、シャボン玉のように無数に飛び交っていた。
そこには、王国の悩みも、勉強の難しさも、社交界の緊張もなかった。
ただ、リボンと櫛と、女の子だけの秘密の時間が流れているだけ。
シャルロッテは、鏡の中の自分たちに向かって、ウィンクをした。
「ねえ、今度はネイルサロンごっこもしようね! 指先までキラキラにするの!」
その提案に、全員が歓声を上げた。
女の子であることの楽しさを、これ以上ないほど満喫した午後は、夕日が差し込むまで続いたのだった。




