第四百五十八話「移動する光の絨毯と、午後の『ひなたぼっこ読書会』」
冬の晴れた午後、薔薇の塔のシャルロッテの居室には、窓の形をくっきりと切り取ったような、四角い黄金色の陽だまりが落ちていた。
外は冷たい風が吹いているけれど、ガラス越しの光はぽかぽかと温かく、まるでそこだけ春が切り取られているようだ。
シャルロッテは、その陽だまりのど真ん中に、分厚いクッションを敷いて座っていた。
膝の上には開いた絵本。横には、完全に液状化して伸びきっているモフモフ。
「……んー、ここが一番あったかいね」
シャルロッテは、絵本のページをめくる手も止め、ただ背中に受ける太陽の熱を味わっていた。
それは、どんな暖炉の火よりも優しく、体の芯まで解きほぐしてくれる自然の恵みだ。
一時間ほど経っただろうか。
地球は静かに回っている。
床の上の陽だまりは、少しずつ、じわりじわりと東へ移動していた。シャルロッテの足先が、影に入ってひんやりとし始める。
「あ、お日様が逃げちゃった」
シャルロッテは、立ち上がることもなく、クッションごとズルズルと横へ移動した。モフモフも、目を閉じたまま、器用にいざり寄ってくる。
二人は、再び陽だまりの中心を確保し、満足げな溜息をついた。
そこへ、執務の合間に休憩をとろうと、ルードヴィヒ国王がやってきた。
彼は、部屋に入った瞬間、娘と不思議な生き物が床を這っているのを見て、目を丸くした。
「シャル、何をしているんだね? お行儀が悪いぞ」
「パパ、しーっ。今ね、お日様と追いかけっこしてるの」
シャルロッテは、自分の隣のスペース――まだ陽だまりが残っている場所――をポンポンと叩いた。
国王は、少し躊躇したが、娘の誘惑と、床の温かそうな光に負けた。
彼は、重いマントを脱ぎ、威厳を棚の上に置いて、娘の隣に座り込んだ。
「……ふむ。これは、悪くないな」
国王の背中にも、冬の太陽の恩恵が降り注ぐ。凝り固まった肩の力が、バターのように溶けていくのがわかった。
国王は、持ってきた難しい本を開いたが、数行読んだだけで、文字が躍り始めた。眠気が、甘い蜜のように襲ってくる。
さらに一時間が経過した。
陽だまりは、さらに移動し、部屋の壁際へと追いやられていた。
シャルロッテとモフモフ、そして国王の三人は、団子虫のように連なって、壁際まで大移動していた。
そこに、お茶を持ったエマが入ってきた。
「シャル様、陛下、お茶のご用……あら?」
彼女が見たのは、壁にへばりつくようにして身を寄せ合っている、王国の最高権力者と姫君と聖獣モフモフ(?)の姿だった。
部屋の中央は広々と空いているのに、彼らは狭い光の帯の中に、ぎゅうぎゅうに詰まっている。
「エマ、そこは影だよ。こっちにおいでよ」
シャルロッテが手招きをする。
エマは微笑んで、トレイを床に置き、自分もその光の輪の端っこに正座した。
紅茶の湯気が、陽光に透かされてきらきらと輝く。
誰も喋らなかった。
ただ、時計の振子の音と、ページをめくる音、そして時折聞こえるモフモフの寝息だけが、部屋を満たしていた。
やがて、太陽が西の山に沈みかけ、陽だまりは細長い線になり、最後にはふっと消えた。
部屋全体が、薄紫色の夕暮れの影に包まれる。
「……行っちゃったね」
シャルロッテが残念そうに、しかし満足そうに呟いた。
「うむ。だが、十分に温まった」
国王が、大きく伸びをした。その顔は、朝の厳しい表情とは別人のように穏やかだった。
特別なことは何も起きなかった。魔法も使わなかったし、誰も褒められなかった。
ただ、太陽の動きに合わせて、少しずつ居場所を変えながら、温かさを分け合っただけの午後。
シャルロッテは、冷たくなり始めた床から立ち上がり、エマが淹れてくれた、まだ温かい紅茶を一口飲んだ。
「明日も晴れるといいね、モフモフ」
それは、世界中のどんな冒険よりも贅沢な、平穏な一日の終わりだった。




