第四百十四話「長広舌の薔薇と、姫殿下の『言葉の純度』」
その日の午後、王城の図書館の片隅は、静寂とはほど遠い、言葉の奔流に満ちていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、その騒動の中心に立っていた。
騒動の原因は、図書館の古文書に宿っていた、長広舌の妖精、フルーデンスだった。
彼の姿は、薔薇の蔓と光の粒子で構成されており、触れることはできない。彼は、人間の知識と言葉を愛しすぎるあまり、「言葉の量こそが、知性と愛の証明である」という、誤った美学に囚われていた。
フルーデンスは、図書館にいた一人の宮廷書士、シリルに向かって、優雅で、論理的で、詩的な、しかし中身のない長台詞を延々と浴びせ続けていた。
「おお、知性の探求者よ。語りたまえ! 言葉の宇宙は、無限の反響と、無数の比喩の枝葉で構成されている! 我々は、その無限の言葉の奔流に身を委ねることで、初めて真の自己の存在の深淵を測れるのだ!君の沈黙は、自己の存在への怠慢ではないのか! 言葉を! 言葉を絶え間なく吐き出せ! それこそが愛と知性の責務であるからだ!」
シリルは、フルーデンスの言葉の奔流に、頭痛と吐き気を覚え、その強烈な自己主張の言葉の奔流に、自分の「真に語りたいこと」が、押し流されていくのを感じていた。彼は、寡黙で、言葉の真実性を重んじる書士だったかrだ。
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シャルロッテは、フルーデンスの言葉の奔流が、「言葉の虚飾」という名の冷たい毒を、周囲に撒き散らしているのを感知した。
「ねえ、フルーデンスお兄さん。お兄さんの言葉、すごい量だけど、全然温かい匂いがしないよ」
フルーデンスは、シャルロッテの純粋な指摘に、優雅に反論した。
「おお、これはこれは親愛なる姫殿下。言葉とは、論理と修辞によって成立するものです。温かい匂いなど、非合理な感傷に過ぎません! わたくしの言葉は、この図書館の知識の全てを含んでいる!これこそ、究極の真実の集合です!」
シャルロッテは、フルーデンスの「言葉の量=真実」という誤った哲学を、「言葉の純度=愛」という新しい哲学で打ち破ることにした。
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シャルロッテは、フルーデンスの言葉の奔流に、そっと手をかざした。そして、光属性と共感魔法を融合させた。
彼女の魔法は、フルーデンスの言葉の全てを、「愛の純度」という名のフィルターで濾過し、その「本質的な意味」を抽出した。
シャルロッテの魔法が発動すると、フルーデンスが延々と語り続けた長台詞は、空中で音もなく分解し、彼の口元には、「シリル、いつもいつも本当にごめんなさい」という、たった一組の、純粋な愛の言葉の光の粒子だけが、ごく微細に浮かび上がった。
フルーデンスは、自分が語りたかった言葉が、実は「長広舌の虚飾」ではなく、「他者への許しと、愛の謝罪」という、たった一言であったことに気づき、驚愕した。
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シャルロッテは、フルーデンスに、優しく語りかけた。
「ね、お兄さん。言葉はね、たくさん話すことじゃないよ。本当に伝えたい、たった一言の愛を、優しく、正直に伝えることだよ。その一言の愛はね、この図書館の、どの知識よりも、温かい匂いがするの」
フルーデンスは、虚飾の言葉を捨て、シリルに向かって、たった一言、光の粒子が示す「ごめんなさい」という愛の言葉を贈った。
シリルは、その純粋な言葉の光を受け取り、長年の心の重荷から解放された。
フルーデンスは、涙ぐんだ。
「姫様。わたくしは、言葉の奔流の中で、真の愛の言葉を見失っておりました。あなたの愛は、わたくしに、「言葉の純度」という、最も美しい真実を教えてくれました」
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、長すぎる虚飾よりも、たった一言の正直な愛のほうが、絶対可愛いもん!」
その日の午後、図書館は、シャルロッテの愛の哲学によって、「言葉の真の価値は、量ではなく、愛の純度によって測られる」という、温かい真理に満たされたのだった。




