第四百十二話「浅瀬のきらめきと、姫殿下の『水滴のシンフォニー』」
その日の午後、王城の城壁のすぐ脇を流れる小さな川の浅瀬は、夏の強い日差しを浴びて、眩しいほどにきらめいていた。シャルロッテは、モフモフを抱き、川遊びに適したパステルピンクの簡素なドレスに着替えていた。
浅瀬には、城下町の子供たちのリーダー格の少年、グスタフが立っていた。グスタフは、川の水の流れと、石の配置の知識に長けた、川遊びの専門家だった。
「姫様。この辺りは、水温が一番安定しています。足元は苔で滑りやすいので、どうぞお気をつけください」
グスタフは、川の持つ自然の法則を、厳密に理解していた。
◆
シャルロッテは、水面にそっと足を浸した。冷たさが、足首から優しく駆け上がってくる。彼女の目には、川の水が、単なるH₂Oの集合体ではなく、「太陽の光の記憶」と「遠い山の雪解けの安らぎ」を運ぶ、生きた媒体として映っていた。
「ねえ、グスタフお兄さん。この水、なんだか、秘密の歌を歌っているみたいだよ」
グスタフは、姫様の純粋な感性に、静かに微笑んだ。
「姫様。お言葉ですが、水は歌を歌いません。聞こえるのは、石にぶつかる、ごく自然な摩擦音と衝突音だけです」
シャルロッテは、グスタフの「物理的な法則」という論理を、否定しなかった。その代わりに、彼女は、その「摩擦音」の中に、「愛のシンフォニー」が隠されていることを教えてあげたかった。
◆
シャルロッテは、水面に座り込んだ。そして、ゆっくりと水属性と光属性の魔法を融合させた。
彼女の魔法は、川の流れを速くするのではない。その代わりに、流れる水が、川底の石一つ一つに触れる瞬間に生じる微細な水滴に、「一瞬の虹色の光」を与えた。
川全体が、一瞬で、無数の虹色の光の点によって満たされた。そして、その光の点が、石に触れて弾ける音が、グスタフの耳には、以前のような単なる「摩擦音と衝突音」ではなく、「光のシンフォニー」として聞こえ始めた。
グスタフは、水遊びの達人として、その音の繊細さに、深く感動した。
「すごい! 姫様! これは水滴が、まるで愛の音符を奏でているようだ! 石にぶつかるたびに、喜びの歌が生まれている!」
彼は、川の持つ「自然の法則」が、「無数の愛の相互作用」によって成立していることを悟った。
◆
グスタフは、水遊びの知恵を、シャルロッテに教え始めた。
「姫様。水の中の石は、ただの石ではありませんでした。この石の表面のざらざらした感触は、『遠い時代の激しい流れの記憶』を教えてくれています。この滑らかな石は、『静かな安息の記憶』だったのですね」
シャルロッテは、グスタフの知識に、目を輝かせた。彼女の純粋な感性が、グスタフの持つ「自然の知識」と繋がり、川遊びは、「自然の歴史を読み解く、愛の探求」へと変わった。
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、ただの水遊びよりも、自然という名の愛の恵みを、みんなでじっくり味わうほうが、絶対可愛いもん!」
その日の午後、小さな川の浅瀬は、シャルロッテの愛の哲学によって、「自然の法則は、愛の相互作用によって生まれる」という、温かい真理に満たされたのだった。




