第三百五十四話「窓辺の影と、シャルロッテの『夢を食べる寂しいお兄さん』」
その日の深夜、王城の療養棟は、不自然なほど静まり返っていた。若き治癒士のシモンは、夜勤で患者の巡回をしていたが、最近、患者たちが一様に「夜、楽しい夢を何者かに食われた」と訴えることに、頭を悩ませていた。
シモンは、患者の夢の欠落が、彼らの回復を妨げていることに、静かな無力感を感じていた。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、その療養棟の廊下の隅に座り込んだ。彼女の目には、病室の窓辺の影の中に、「楽しい夢の『余韻』だけを、ひっそりと食らう、半透明の寂しい存在」が見えていた。それは、人々の集合的無意識の奥底に潜む、「愛の欠乏」や「満たされない欲望」から生まれた、夢喰いの異形だった。
「ねえ、お兄さん。夢を食べるのは、いけないことだよ。でも、しょうがないよね。だってお兄さんは、お腹が空いているんだから」
夢喰いの体は、影と霧でできており、その声は、多くの人々の無意識の嘆きが混ざったような、冷たい響きを持っていた。
「おれは、人々の忘れた『愛』を食らう。お前たちの楽しい夢は、おれにとっての毒だ。だが、おれは、その夢の『余韻』に潜む、お前たちの『満たされない真の欲望』を探している。それこそが、おれの糧だ」
夢喰いは、シャルロッテに問いかけた。
「お前の愛は、すべてを肯定する。だが、お前自身が隠した『前世の抑圧された苦悩』はおれを育てた。お前は、おれを、どうするつもりだ? お前がおれを憎むなら、おれはお前の最も甘い夢を食らうだろう!」
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シャルロッテは、その夢喰いの存在が、「人間が愛を分け与えなかった結果」として、自らの集合的無意識の影から生まれたことを知っていた。
彼女は、モフモフを抱き、夢喰いの問いに、純粋な愛の哲学で対話した。
「お兄さんが、夢を食べるのは、本当は、誰かに愛を分けてほしいって、叫んでいるんだよ。憎むのは、だめだよ。だって、憎むと、お兄さんは、もっともっと、一人ぼっちになっちゃうでしょう?」
夢喰いは、シャルロッテの純粋な言葉に、一瞬、体が揺らいだ。
「孤独……。おれの存在は、無意識が恐れる『愛の不在』だ。お前は、それを理解できるのか?」
シャルロッテは、シモンの持つ「治癒の限界」という論理を、「愛の無限の供給」という新しい哲学で打ち破ることを決意した。
シャルロッテは、夢喰いが隠れている窓辺の影に、そっと近づいた。
そして、光属性と共感魔法を融合させた。
彼女の魔法は、夢喰いを浄化するのではない。その代わりに、シャルロッテ自身の「愛と幸福感に満ちた夢」を、夢喰いに、無償で分け与えるための、光の糸を紡ぎ出した。
シャルロッテは、夢喰いに語りかけた。
「ね、お兄さん。美味しい夢はね、隠れて食べるものじゃないよ。『どうぞ、一緒に食べて、元気になってね』って、誰かと分かち合うものだよ」
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夢喰いは、シャルロッテの純粋な愛の夢の供給に、初めて「食料」としての夢ではなく、「愛の温もり」という、真の満足感を得た。彼の半透明な体は、満たされ、虹色の光を放ち始めた。
夢喰いは、その場から立ち去ることを選んだ。
彼は、もはや誰かの夢を食らう必要がなかったからだ。
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翌朝、シモンは患者たちの巡回をした。患者たちは一様に、「昨晩は、夢を食われた後、代わりに『世界一美味しいマカロンの味のする光』を見た」と、満面の笑顔で語った。彼らの回復は、驚くほど進んでいた。
シモンは、自分の治癒魔法が及ばなかった領域に、シャルロッテの愛の哲学が届いたことを悟った。
「姫殿下。夢を食う存在がいたのでなかったのですね。ただ、愛を乞う存在がいたのですね。そして、姫殿下は、ご自身の最も大切な幸福を、惜しみなく分け与えたのですね」
シャルロッテは、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、美味しい夢はね、誰かに分けてあげると、二倍美味しくなるんだもん!」
その日の午後、療養棟は、シャルロッテの愛の哲学によって、「愛の欠乏を埋めることこそ、最高の治癒である」という、温かい真理に満たされたのだった。




