第三百三十九話「白い部屋と、シャルロッテの『殺せない愛の弾丸』」
その日の深夜、王城の最も古い塔の最上階は、シャルロッテの純粋な愛の魔力によって、壁も床もすべてが溶けたような、真っ白い「無の部屋」と化していた。部屋の中央に、シャルロッテはモフモフを抱き、一人座り込んでいた。
部屋には、シャルロッテの愛の哲学の、ただ一つの論理的な矛盾が、奇妙な存在として現実のものとして出現していた。それは、シャルロッテの瞳と同じ翠緑の瞳を持つ、小さな男の子の姿をした、憎悪の結晶だった。
男の子は、冷酷な声でシャルロッテに語りかけた。
「お前が愛と呼ぶものの、影がおれだ。お前の愛が、世界全てを完璧に満たそうとするあまり、その『愛に満たされない余白』を、おれという憎悪が、生まれる必然性とした。お前の純粋さが、おれを生み出したんだ」
男の子は、自己の存在を否定しており、世界全てを破壊したいという、純粋な殺意の魔力を放っていた。
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シャルロッテは、実際は男の子が「憎悪」という感情の極致にあることを知っていた。その憎悪は、彼女自身の「愛の哲学」の裏側であり、最も乗り越えられない、究極の「可愛くないもの」だった。
「ねえ、君。どうして、そんなに可愛くないことを考えるの?」
男の子は、冷酷な目でシャルロッテを見つめた。
「お前の愛は、すべてを肯定する。だが、その愛は、苦悩する真実から目を逸らしているだけだ。お前は、苦しむ者に愛を贈るが、苦しみそのものは愛さない。おれの憎悪こそ、世界という『汚い事実』を、鏡に映す真実の愛だ。おれこそが愛の真実の姿だ」
シャルロッテは、悲しげに答えた。
「違うよ。私は、苦しみも、悲しさも、知っている。だから、憎悪なんかじゃなくて、愛しい光で、それを包んであげたいの」
男の子は、憎悪の魔力を凝縮し、シャルロッテに向かって、真っ黒な「憎悪の弾丸」を無言で放った。
弾丸は、空気中のすべての光を吸い込み、一直線にシャルロッテの心臓へ向かう。
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憎悪の弾丸の強烈な熱量に、シャルロッテの愛の結界は、一瞬で崩壊した。
「っ……!」
シャルロッテは、あまりにも純粋な憎悪の力に、自身の「愛の哲学」が揺らぐのを感じた。彼女の心が、「憎悪は、愛の対極であり、打ち破るべき敵である」という、冷たい論理に囚われかけた、その刹那。
シャルロッテの膝の上で震えていたモフモフが、音もなく、岩石状態へと変身した。モフモフは、憎悪の弾丸とシャルロッテの心臓の間に、その小さな体を滑り込ませた。
憎悪の弾丸は、モフモフの岩石の体に命中し、恐ろしい音と光を放った。モフモフは、憎悪の直撃を受け、岩石の体が砕け散り、元のふわふわの姿に戻り、力なく崩れ落ちた。その姿はいつもの何倍も小さく見えた。
「モフモフ……!」
シャルロッテの瞳に、モフモフへの「愛と喪失の痛み」という、人間の最も原初的な感情が奔流した。
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モフモフの献身的な愛は、シャルロッテの心を「論理的な対立」から、「無条件の愛の痛み」へと引き戻した。シャルロッテは、モフモフの小さな体を抱きしめ、湧き上がる感情の全てを、愛という名の魔力に変えた。
シャルロッテの銀髪は、その熱量で逆立ち、その目は、愛の極致の光で輝いた。彼女の心臓は、モフモフへの愛の痛みで、激しく脈打った。
シャルロッテは、憎悪の結晶に向かって、最後の言葉を贈った。
「憎悪はね、殺せないよ。だって、憎悪を殺したら、あなた、一人ぼっちになっちゃうでしょう?」
シャルロッテは、光属性と変化魔法を昇華した。
彼女の魔法は、憎悪の結晶に、「モフモフが、わたしと君のために体を張った、愛の温かい記憶」を、物理的な情報として上書きした。
憎悪の結晶は、自分の憎悪が、愛という名の「不条理な熱量」によって、無力化されたことに気づき、震え上がった。
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「こんなことが起こるなんて……いや、これは必然だったのか……あるいは……」
男の子は、自分の憎悪が、愛という究極の刑罰に晒されたことに、深い安堵と同時に、絶望を覚えた。彼は、憎悪の結晶という役割を終え、シャルロッテの胸元に、一筋の温かい涙となって、溶けていった。
モフモフは、シャルロッテの愛の魔力で、再び、安息の息を吹き返した。
シャルロッテは、モフモフを抱きしめ、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、憎悪よりも、ふわふわの綿菓子の方が、絶対愛おしくて可愛くて、そして美味しいだもん!」
その日の夜、白い部屋は、シャルロッテの愛の哲学によって、「愛は、憎悪を破壊するのではなく、その存在理由を、幸福へと変貌させる」という、予測不能な真理に満たされたのだった。




