第三百二十四話「枯れた麦畑のバイオリンと、姫殿下の『冬の歌の分配』」
その日の午後、王城の謁見室は、静かに困惑していた。遥か南の国から訪れた有名な吟遊詩人、フェリクスは、夏の間に歌を歌うことしかせず、冬の備えを全くしていなかった。彼は、冬の寒さと飢えに苦しみ、ルードヴィヒ国王に「芸術への保護」を求めていた。
フェリクスは、国王の威厳を前に、古いバイオリンを抱え、静かに嘆いた。
「陛下。私のバイオリンは、人々の心を温める歌を奏でます。しかし、歌はパンになりません。夏に歌った私は、冬に死ぬ運命なのです。国王陛下、どうか哀れなこの私にお慈悲を……」
ルードヴィヒ国王は、彼の芸術を認めつつも、王国の「勤勉の倫理」と「未来への備え」を軽視した生き方を、容易に肯定することができなかった。
「フェリクスよ。夏に遊ぶ者は、冬に泣く。それが世の常だ。王国の財政は、勤勉な国民の汗によって支えられている」
国王の宣告は謁見室に冷たく響いた。
◆
シャルロッテは、モフモフを抱き、その厳粛な対話の場に入った。彼女の目には、国王の「勤勉の倫理」が、「愛の分配」という、最も大切なものを排除しているのが見えていた。
「ねえ、パパ。フェリクスお兄さんは、悪い人じゃないよ。それにね、このバイオリンはね、すごく美味しい匂いがするんだよ」
シャルロッテは、国王の持つ「備えの重要性」という倫理を尊重しつつ、芸術の持つ「非物質的な価値」という新しい論理を提示した。
◆
シャルロッテ姫殿下は、フェリクスの古いバイオリンの弓に、そっと触れた。そして、光属性と風属性の魔法を融合させた。
彼女の魔法は、バイオリンの音色を操作した。フェリクスが弓を引くと、その音色は、単なるメロディではなく、「夏に歌った歌が、人々の心に残した、温かい希望のエネルギー」を、物理的な光の粒子として、空間に満たした。
そして、シャルロッテは、国王に語りかけた。
「パパ。この光はね、夏の間に、フェリクスお兄さんが、みんなに分けた『感動の種』と『勇気の種』だよ。この種のおかげで、みんな、厳しい冬の仕事も頑張れたの」
◆
ルードヴィヒ国王は、その光景に、心を打たれた。彼は、勤勉な国民の心に残る「希望」という非物質的な富が、フェリクスの夏の歌によってもたらされていたことを悟った。
シャルロッテ姫殿下は、国王に、最後の論理を提示した。
「パパ。勤勉な人が、夏に歌った人にパンをあげるのはね、『みんなで、愛を分配して、未来の歌の種を植える』ってことだよ。だって、フェリクスお兄さんが冬に歌えなくなったら、来年の夏、みんなが悲しい歌を歌うことになるでしょう?」
◆
ルードヴィヒ国王は深くうなずいて、その場で決断を下した。
「フェリクスよ。王国の市民は、君の芸術に、既に最大の富を受け取っていた。我々は、その愛に応えよう」
国王は、フェリクスを王城の楽師として迎え入れ、彼の才能を「未来の希望の備蓄」として保護することを決めた。
シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、悲しい歌よりも、温かい歌の方が、絶対可愛いもん!」
その日の午後、王城は、シャルロッテの愛の哲学によって、「芸術とは、未来への希望の備蓄である」という、最も温かい真理に満たされたのだった。そしてフェリクスが奏でる美しい旋律は王城の温かな空気となった。




