第二百九十六話「古木の年輪と、王妃の『心に宿る故郷の風景』」
その日の午後、エレオノーラ王妃は、庭園の最も古く、苔むした大木の前に立ち、静かに故郷を思っていた。王妃は、遠い国から嫁いできたため、時折、「自分が本当に属する場所はどこか」という、静かで深い郷愁と思念に囚われることがあった。
「ハンス。この木の年輪は、どれほどの時代を見てきたのでしょう。時間の流れだけが、私の故郷を遠ざける」と、王妃は、ハンス庭師長に語りかけた。
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ハンス庭師長は、その古木の手入れをしながら、自身の故郷への想いを重ねていた。
「王妃様。この古木は、確かに多くの時代を見てきました。しかし、この木の根が張る土も、私ども庭師の手も、王妃様がお歩きになる道も、すべてが、この王城の風景でございます」
ハンス庭師長は、自分の日々の作業が、「故郷の風景」という、普遍的な安らぎを王城に作り出すことだと、密かに信じていた。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、その古木の前に立った。彼女は、王妃とハンス庭師長の、「故郷への静かな愛」を感知し、その愛を、物理的な場所に縛り付けないことを決意した。
「ねえ、モフモフ。故郷って、そんなに遠い場所にあるんじゃないよね」
シャルロッテは、光属性と時間魔法を融合させた。
彼女の魔法は、古木の、苔むした幹の表面に、「王妃の故郷の、最も愛しい一瞬の風景」と、「ハンス庭師長が、故郷の庭で初めて花を植えた時の喜びの記憶」という、二つの異なる「故郷の記憶」を、光の絵画として映し出した。
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そして、シャルロッテは、二つの光の絵画を、優しく混ぜ合わせた。
王妃の故郷の「白い石造りの家」と、ハンス庭師長の故郷の「豊かな黒い土」が融合し、「二人の愛が繋がった、新しい、温かい風景」が古木の上に描き出された。
「ね、ママ。ハンスさん。故郷はね、遠い昔じゃなくて、今、ここで、一番愛してる人がいる場所だよ!」
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エレオノーラ王妃は、涙ぐんだ。彼女は、娘の魔法によって、「物理的な故郷」から解放され、「心に宿る愛の場所」こそが、真のふるさとであることを悟った。
ハンス庭師長も、感動した。
「姫殿下。私の日々の労働が、王妃様の故郷を作り上げていたとは……。私は、この王城に、深く根付いていたのですね」
シャルロッテ姫殿下は、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、愛はね、地図や物理的な場所よりも、温かい気持ちが、一番大切なんだもん!」
姫殿下の純粋な愛の哲学は、「故郷への郷愁」という普遍的な感情を、「今ある場所への愛」という、最も温かい真理で昇華させたのだった。




