第二百九十五話「銀の鈴の沈黙と、モフモフの『見えない居場所』」
その日の朝、薔薇の塔の居室は、冷たい空気に包まれていた。シャルロッテの大切な存在、モフモフの姿が見えなくなっていたのだ。
モフモフの首輪につけた、ごく小さな銀の鈴が、いつもは微かに鳴るはずなのに、完全に沈黙していた。
「モフモフ……モフモフ!?」
シャルロッテは、顔面蒼白になり、自室、そして城中を探し回った。彼女の心は、「愛しいものが、理由もなく消えてしまった」という、深い不安と悲しみに囚われた。
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王城全体が、大捜索に乗り出した。
フリードリヒ王子は、騎士団を率いて、城の隅々、庭園、地下通路まで、全力で捜索した。彼の魔力は、「失われた愛」という、切実な痛みに駆られていた。
マリアンネ王女は、研究室で、モフモフの魔力波動の残留を解析したが、波動は、「ただ、静かに拡散し、どこにも定着していない」という、不可解な結果を示すだけだった。
アルベルト王子とルードヴィヒ国王は、妹の悲しむ姿を見て、王国の重要公務をすべて一時停止した。シャルロッテの悲しみを癒すことが、王国の最優先事項となった。
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シャルロッテは、絶望し、大食堂の誰もいないテーブルに座り込んだ。彼女の膝の上は、モフモフの体温と毛皮の感触を失い、冷たかった。
「ねえ、兄様たち。モフモフ、わたしを嫌いになっちゃったのかな……?」
その言葉は、王族たちの心を強く締め付けた。そして誰もそれに応えることができなかった。
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その時、執事オスカーが、静かに大食堂へ入ってきた。オスカーは、シャルロッテ姫殿下の悲しみに耐えかね、誰もが思いつかない場所を捜索していたのだ。
オスカーが探したのは、大食堂の隅にある、大きな、木製の古びた王家の譜面台だった。
「姫殿下。もしかすると、こちらかもしれません」
オスカーが、譜面台の、蝶番が緩んだ小さな収納扉をそっと開けた。
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譜面台の、暗く狭い収納空間。その奥に、真っ黒な、土と油の匂いがする毛玉が、小さな銀の鈴の音と共に、丸くなっていた。
「ミィ……」
それは、モフモフだった。
彼は、「王城で一番、音を立てず、静かに眠れる場所」を求め、この古い、誰も見向きもしない譜面台の奥を、自分だけの秘密の隠れ家にしていたのだ。
いつもはシャルロッテが起きる前に戻ってきていたのだが、今日はうっかり寝過ごしてしまったのだ。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを見つけると、悲しみが一瞬で歓喜に変わり、大声で泣き笑いをしながら、彼を抱きしめた。
「モフモフ! もう! 淋しかったよー!」
モフモフは、姫殿下の温かい涙を、優しく拭うように、彼女の頬を舐めた。
アルベルト王子は、安堵の息をついた。
「モフモフは、派手な場所ではなく、最も静かで、目立たない場所に、最高の安らぎを見出していたのだな。彼の安寧を邪魔したのは、少し無粋だったかもしれない」
シャルロッテは、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、秘密の場所に隠れて、それから静かに、誰かに見つけてもらうのが、一番可愛いんだもん! ね、モフモフ?」
王城の騒動は、「失われた愛の恐怖」から、「見つかる愛の温もり」へと変わり、家族全員の心に、深い安堵と喜びをもたらしたのだった。




