第二百八十話「錬金術の秘密と、姫殿下の『シルク・スプモーニ』開発」
その日の午後、マリアンネ王女は、王城の研究所で、「素材の柔軟性と耐久性を極限まで高める」という、古来からの錬金術の難題に挑んでいた。王国の織物は優れているが、防寒性や軽さには限界があり、特に冬の貧しい人々の生活改善に繋がる、新しい繊維の開発が急務だった。
「素材の限界を、論理で突破しなければならないわ」と、マリアンネ王女は、困難な研究に意気込みつつも頭を抱えていた。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、研究室にやってきた。彼女は、マリアンネの抱える「生活の基盤の改善」という、利他的な目標に、心を動かされた。
シャルロッテ姫殿下は、前世で学んだ高分子化学の知識を、現在の魔法に融合させることを思いついた。
「ねえ、お姉様。硬い素材じゃなくて、ふわふわな素材を作ろうよ! ギュウギュウに固めるんじゃなくて、フワフワのまま、手を繋がせるのよ!」
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シャルロッテは、マリアンネと共に、既存の魔法繊維の原料に、ある工夫を加えた。モフモフの抜け毛(極めて柔らかい)と、庭園で摘んだ風の魔力を宿す綿毛を、原料に加えさせた。
そして、シャルロッテ姫殿下は、風属性と光属性の魔法を応用した。
彼女の魔法は、繊維の分子構造に作用し、「物理的な強靭さ」ではない、「極限の柔らかさ」と「形状記憶能力」という、新しい特性を付与した。
マリアンネ王女は、そのプロセスを、解析装置で追跡した。
「信じられない! 繊維の結合角が、外部の力(熱や引っ張り)に応じて、自由に変化しているわ! これは、超弾性の形状記憶合金の、繊維版だわ! しかも、その結合を維持しているのは、シャルロッテの魔力の「愛情の波動」が、「分子間の引力」として機能しているからよ!」
「シャルロッテは、『愛という名の、自己修復可能な、柔軟な構造』を、繊維に組み込んだのよ! これはすごいわ!」
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数日後、完成した新しい素材は、「泡絹」と名付けられた。シルク・スプモーニは、既存の繊維の十分の一の重さでありながら、最高の防寒性と耐久性を兼ね備えていた。
ルードヴィヒ国王は、この発明が、冬の貧しい人々の生活を根本から改善することを知り、涙ぐんだ。
「シャルロッテ。君は、富ではなく、幸福を生み出した。君の言う『フワフワのまま手を繋がせる』とは、人間と素材、両方に愛を注ぐ、究極の錬金術だったのだな」
シャルロッテ姫殿下は、モフモフの毛皮で編んだ、小さなマフラーを首に巻き、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、ふわふわなものが、みんなを温かくするのが、一番可愛いんだもん!」
王国の新しい素材は、シャルロッテ姫殿下の純粋な愛と、規格外の知恵によって、「冬の苦しみからの解放」という、最大の幸福をもたらしたのだった。




