第二百五十五話「厨房の重い作業と、姫殿下の『無私の秤』」
その日の午後、王城の厨房は、昼食後の大量の皿洗いで、水蒸気と、重い疲労の空気に包まれていた。若い皿洗いの使用人は、単調な重労働に、「自分の存在は、ただの作業を繰り返す機械にすぎない」という、深い無力感に苛まれていた。
彼は、王族の豪華な食事が、自分の「見えない労働」の上に成り立っていることに、静かな虚無感を抱いていた。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、厨房の裏側を訪れた。彼女は、使用人の持つ、「労働の尊厳の喪失」という、冷たい悲しみの魔力を感知していた。
「ねえ、モフモフ。このお皿さんたち、泣いているよ」
シャルロッテ姫殿下は、皿洗いをする青年の隣に立った。そして、光属性と共感魔法を融合させた。
彼女の魔法は、青年を責めるのではなく、青年が行う、一つ一つの単調な動作に、「絶対的な美の光」を当てた。
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シャルロッテ姫殿下は、青年の手の動き、水と石鹸の混ざり合う、一瞬の泡の崩壊、そして、布が皿に触れる微細な摩擦音を、「世界を支える、最も尊い儀式」として捉え直した。
彼女は、青年が皿を洗い終わるたびに、無言で、彼の手のひらに、小さな花の、押し花を一枚、そっと置いた。
「ね、このお皿はね、綺麗になれたから、笑ってるんだよ。だから、ね、ご褒美♪」
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青年は、その無言の、しかし尊い愛の行為に、涙ぐんだ。王女からの報酬は、金貨ではなく、「自分の労働が、王族の心に、美しい価値を生んだ」という、精神的な肯定だった。
彼は、自分の労働が、もはや「単なる重労働」ではなく、「王族に愛される、美しい創造の行為」へと変わったことを悟った。
その光景を見ていた、アルベルト王子は、妹の行動に感動した。
「シャルロッテは、労働の価値を、『対価』ではなく、『愛による尊厳の付与』へと再定義したのだな」
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その後、シャルロッテ姫は、厨房全体に、「無私の秤」という、新しい哲学を広めた。
「お料理の美味しさは、シェフの地位じゃなくて、『食べる人への愛』で決まるのよ!」
その日以来、王城の厨房の作業は、単なる「重労働」ではなく、「愛の奉仕」という、最も美しい儀式へと変わった。シャルロッテ姫殿下の純粋な愛は、労働の現場に、「人間的な尊厳」という、静かで温かい光をもたらしたのだった。




