第二百四十五話「夕暮れのメロディと、姫殿下の『消えてしまうものへの愛』」
その日の夕暮れは、穏やかな王城の風景を、儚く、薄いオレンジ色に染めていた。シャルロッテは、テラスのピアノの前に座り、誰に聞かせるわけでもなく、静かで、胸の奥が締め付けられるような、切ないメロディを奏でていた。
そのメロディは、「美しいものは、どうして、すぐに終わってしまうのだろう」という、幼い心に去来した、普遍的な感傷を表現していた。
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モフモフは、主様の足元で丸くなっているが、姫殿下の奏でる切ない音色に、いつもより小さな「ミィ」と、寂しげな声を上げた。
シャルロッテは、メロディを中断し、涙をこらえた。彼女の心は、夕焼けの美しさや、花の散り際といった、「永遠に留まることのない、愛しいものの姿」に、深く感傷的になっていた。
「ねえ、モフモフ。可愛いものって、なんで、私を置いて、すぐどこかへ行っちゃうのかしら? 悲しいね……」
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そこに、フリードリヒ王子が、訓練を終えたばかりの、静かな足取りでやってきた。彼は、妹の奏でるメロディに、「別れ」という、言葉にはできない感情が込められているのを感知した。
フリードリヒ王子は、妹を励まさなかった。彼は、その感傷的な感情を、否定することなく、静かに受け止めることが、妹への真の愛だと知っていた。
フリードリヒ王子は、ピアノの蓋を、音を立てないように、そっと閉めた。
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そして、フリードリヒ王子は、妹の隣に座り、自分の温かい手のひらを、姫殿下の小さな手のひらに、重ねた。
彼は、土属性と時間魔法を応用した。彼の魔法は、妹の心に、「失われた時間」ではなく、「今、この瞬間の、二人の手のひらの温かさ」という、揺るぎない、一つの真実を、強く刻み込んだ。
「シャル。終わってしまうものは、記憶になる。そして、記憶は、誰にも盗まれない、永遠の宝物だ。だから、終わりは、悲しいことじゃない」
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シャルロッテ姫殿下は、兄の温かい手のひらの感触と、その力強い言葉に、心が解きほぐされるのを感じた。
「兄様……」
フリードリヒ王子は、妹をしっかりと抱きしめた。
「それにね、シャル。もうすぐ、今日の夜空に、新しい星が生まれるぞ。終わりがあるから、新しい始まりがあるんだ」
シャルロッテ姫殿下は、兄の愛によって、「儚さ」が「永遠の記憶」という、新しい意味を持つことを悟った。
「えへへ。そうだね。切ない気持ちは、新しい可愛いことを連れてきてくれる、秘密の魔法なんだね!」
その夜、王城のテラスは、儚い夕暮れの美しさと、揺るぎない兄の愛という、温かい光に満たされたのだった。




