第二百四十三話「温室の秘密と、で咲き誇る『永遠の桜』」
その日の夜明け前、王城の温室は、誰も入ることのできない、極めて厳粛な静寂に包まれていた。そこには、王妃エレオノーラが大切に育てている、一株の、冬の間にしか花をつけない、幻の桜があった。これは何代も前に極東のある小国から贈られたものだった。
その桜は、「悲しいほどに儚い美しさ」を持つと言われ、一度咲くと、わずか五分で散ってしまうという、運命を背負っていた。
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シャルロッテ姫殿下は、モフモフを抱き、温室のガラス越しに、その桜のつぼみをじっと見つめていた。王妃は、娘に、その「儚い美」を見ることを許可していたが、花に触れることは厳禁していた。
「ねえ、モフモフ。この桜さん、五分しか生きられないなんて、なんだか切ないね」
シャルロッテ姫殿下は、その桜の持つ、「一瞬の美しさの、運命的な切なさ」を、どうにかして永遠のものにできないかと考えた。
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夜明けの光が、温室のガラスを透過し、桜のつぼみを照らし始めた。
桜が、その短い命の時を始めた瞬間、シャルロッテ姫は、時間魔法を応用した。
彼女の魔法は、時間を逆行させたり、停止させたりするものではない。彼女の魔法は、温室の「光の伝達速度」と「記憶の処理速度」を、人間には感知できないほど、微細に操作したのだ。
「みんなには内緒だよ、モフモフ。時間がゆっくり進んでいるように、見せてあげるの!」
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外から見ると、桜は、わずか五分で、花を咲かせ、そして散っていった。
しかし、その光景を見ていたエレオノーラ王妃の意識の中では、その五分間が、一時間にも、あるいは永遠にも感じるほどの、濃密な、極めて美しい時間の流れに変わっていた。
桜が咲き誇る一瞬一瞬の、花びらの広がり、香りの放出、そして散りゆく姿が、スローモーションで、鮮烈な色彩と共に、王妃の記憶に刻み込まれた。
王妃は、花が散り終わった後、深い安堵のため息をついた。
「ああ……まるで、永遠の時間の中で、この花を見たようだわ」
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シャルロッテ姫殿下は、王妃の元に駆け寄った。
「ね、ママ。桜さんは、ちゃんと永遠になったでしょう?」
エレオノーラ王妃は、娘の純粋な愛と、その「時間の美学」に、涙ぐんだ。
「シャル。あなたは、時間の短さを否定するのではなく、その中に含まれる「愛の密度」を、永遠のものにしたのね。真の永遠とは、時間の長さではないのだと、教えてくれた」
その日の温室は、散り終わった桜の儚さと、娘の愛という「永遠の記憶」の光に満ちていた。




