第二百三十六話「書斎の微細な塵と、姫殿下の『紅茶のシミ』推理」
その日の午後、王城の旧い書斎は、奇妙な謎に包まれていた。
「謎の訪問者」が、王子の執務室に忍び込み、何の金品も盗まず、ただ、机の上に、一枚の古い羽根ペンと、ごく微細な、見慣れない紅茶のシミを残していったのだ。
アルベルト王子は、その訪問者が、王国の機密情報を狙っていたのではないかと警戒し、書斎を厳重に封鎖した。
「フリードリヒ。この訪問者は、ただの泥棒ではない。この者が残した微細な手がかりから、その『動機』を解き明かす必要がある」
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マリアンネ王女は、残された羽根ペンと、紅茶のシミの化学組成を解析していた。
「この紅茶は、この王国内には流通していない、極めて珍しいハーブティーよ。そして、羽根ペンには、王立学院の特定の研究棟のインクが、ごく微細に残っている。しかし、犯人の動機が、全くわからないわ……!」
彼らは、「知的な犯罪の謎」という論理の迷宮に陥っていた。
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シャルロッテは、モフモフを抱き、その謎解きに参加した。彼女は、事件の「証拠」ではなく、「犯人の心」に焦点を当てた。
「ねえ、モフモフ。この人はね、きっと悪い人じゃないよね?」
彼女は、机の上の微細な埃を、そっと指で払った。
「この埃はね、この書斎の埃じゃない。お外の、乾いた土の匂いがちょっとだけするよ。この人はね、ずいぶん遠いところから、来たんだね」
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シャルロッテ姫殿下は、紅茶のシミに、鼻を近づけた。そして同時に、光属性と共感魔法を応用した。
「紅茶のシミはね、『ありがとう』って言ってるの。『ここに来られて、すごく温かい気持ちになった』って」
彼女は、その微細な手がかりから、鮮やかな推理を導き出した。
羽根ペンとインクが示すこと。犯人は、王立学院の元研究員で、知的な知識を持っている。
珍しいハーブティーが示すこと。 犯人は、現在、王国の外の、孤独な場所で暮らしている。
紅茶のシミと微細な埃:が示すこと。犯人は、「ただ、昔の師や友人が、今、どうしているか、遠くから見に来たかった」。そして、「温かい紅茶を、懐かしい場所で飲みたかった」。
つまり犯人の動機は、機密を盗むのではなく、「懐かしい記憶という、温かい感情」を求めて、忍び込みたかった、ということ。
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アルベルト王子は、妹の純粋な「愛の論理」に、感銘を受けた。
「この者が求めていたのは、情報ではなく、孤独な魂の、故郷への帰属意識だったのか!」
マリアンネ王女は、妹の推理の「非論理的な正確さ」という矛盾した事実に、驚愕した。
「犯人の最も隠したい『感情』を、あなたは、紅茶のシミから読み解いたのね!」
アルベルト王子は、犯人の追跡を中止した。彼は、顔も知らぬ犯人に向けて、「あなたは、まだ王国の家族だ」という、温かいメッセージを、故郷のハーブティーのパッケージに込めて、秘密のルートで送った。
シャルロッテは、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、一番大切な真実はね、いつも人の心の中に隠されてるんだもん!」
王城の謎は、「愛の論理」という、最も優しく、そして強靭な知性によって、解き明かされたのだった。
 




