第二百十五話「城下町の古い茶屋と、姫殿下の『継承の美学』」
その日の午後、シャルロッテは、城下町の古い小道の奥に佇む、三百年以上続く老舗の茶屋を訪れていた。茶屋は、外観は極めて地味だが、屋内の装飾や、庭の石の配置に至るまで、微に入り細を穿つ、研ぎ澄まされた美意識が貫かれていた。
店主は、老練な職人で、代々受け継がれてきた「茶の湯の精神」を守り続けていた。彼ら一族は極東のある国から移住してきた者たちであった。
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シャルロッテは、そこで出された、ごくシンプルな、一服の抹茶を前に、静かに座っていた。抹茶の味は、表面上の苦味よりも、「何世代もの、静かな努力と、茶葉への愛」という、深い含蓄が込められていた。
「ねえ、モフモフ。このお茶、静かに、遠い昔のお話をしてくれるよ」
姫殿下は、その静謐な空間の中で、「何かが、変わることなく、受け継がれていくことの美しさ」を感じ取っていた。
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しかし、店主の孫娘は、その伝統の重さに苦しんでいた。
「姫殿下。私は、この『変わらないこと』に、息苦しさを感じます。新しい、派手な流行を取り入れないと、店は続かないのではないかと……」と、孫娘は、申し訳なさそうに言った。
シャルロッテは、その言葉に、静かに首を横に振った。
「ううん、違うよ。変わらないっていうことは、最強の魔法なんだよ」
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シャルロッテは、光属性と時間魔法を駆使した。
彼女の魔法は、茶屋の空間全体に、「時間の流れ」を、微細な光の粒子として可視化させた。光の粒子は、現在の孫娘から、祖父、そのまた祖父へと、一本の、途切れない、美しい銀色の線を創り出した。
「見てみて、お姉さん。この線はね、三百年間の、みんなの頑張りだよ。この線が、誰にも真似できない、最高の模様なの!」
そして、シャルロッテ姫殿下は、抹茶の椀に、共感魔法を応用した。
「このお茶の味は、**三百年以上の『お茶への愛』の味だよ。こんなに温かくて、深い愛を、新しい流行は、作ってくれないでしょう?」
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孫娘は、その光の線と、お茶の味に込められた「愛の継承」の深さに、涙ぐんだ。彼女が苦しんでいた「伝統」は、「愛の歴史」という、最も美しい宝だったのだ。
店主は、王女の純粋な感性に、心から感動した。
「姫殿下。あなたは、この店の『変わらないことの美しさ』の本当のすばらしさを、私に教えてくださいました」
シャルロッテは、にっこり微笑んだ。
「えへへ。だって、古いものってね、いっぱい愛が詰まっているから、一番可愛いんだもん!」
姫殿下の純粋な哲学は、伝統の重みに苦しむ人々に、「愛の継承こそが、最高の美学である」という、静かな真理をもたらしたのだった。




