新年を迎える新婚夫婦、紘宇と珊瑚
新しい一年を迎える華烈は、街中が真っ赤な灯籠や縁起のよい言葉が書かれた赤い紙がいたる場所に貼り付けられている。
一年前、後宮で一度新年を迎えたものの、街の様子を目にするのは初めてだった。
「紘宇、どこもかしこも赤い飾りばかりですごいですね!」
「新年に入る直前はもっとすごい。街のさまざまな場所で爆竹が鳴っていて、大変な盛り上がりを見せている」
「バクチク……? それはなんですか?」
「珊瑚の国にはないのか?」
「はい、初めて聞きます」
「爆竹というのは魔除けの意味を持つ花火の一種だ。空に上がる花火とは異なり、激しい音を鳴らすことを目的としている」
竹筒に火薬を詰め、パチパチという破裂音と閃光、立ち上る煙がが特徴だと紘宇は珊瑚にわかりやすいように教えてくれた。
「その昔、華烈の民を苦しめた怪異を、赤道士と呼ばれる者が爆竹を使って追い払ったという伝説があるらしい。以降、怪異が現れないよう、新年になったら爆竹を鳴らすという習慣があるようだ」
「ああ、そういえば、以前、怪異についての話を聞いたことがあります」
昨年までは星貴妃が爆竹をうるさいと嫌っていたため、爆竹で新年を祝うということはしなかったらしい。
今年は盛大に爆竹を鳴らすように、と言われていたため、こうして紘宇と珊瑚は買いにやってきたというわけである。
「新しい一年を祝う、というのもいいものですね」
「お前の国ではそういう習慣はなかったのか?」
「ええ」
珊瑚の国では新年よりも降誕祭に重きを置くため、何もかもが新鮮であった。
「去年、みんなで水餃子を作ったのはいい思い出です。今年も楽しみにしています」
「そうか」
商店には山のように爆竹が積み上げられていた。
「これ、全部バクチクなんですか?」
「みたいだな」
新年を迎える前と、朝食を食べる前の二回、爆竹を鳴らすようだ。
「一年の始まりと終わりを、爆竹を鳴らして悪しき存在を祓い、幸福を呼び込む意味があるようだ」
「そうなのですね! すてきな習慣です」
また、爆竹を鳴らす回数にも意味があるようだ。
「中でも百回連続で爆竹を鳴らすと、大変縁起がいいものとされている」
「でしたら、新年を迎える夜と、新年を迎えた朝、百回鳴らしましょう!」
そんなわけで、珊瑚と紘宇は二百発の爆竹を購入し、家路についたのだった。
屋敷では新年の支度が着実に進んでいた。
紺々の指示のもと、年越しのさいに食べる水餃子の準備が行われている。
女官達にテキパキと指示を出す紺々を見ながら、紘宇はぽつりと零す。
「翼紺々は仕事がずいぶんとできるようになったのだな」
「今や我が家を支える女官長ですからね」
珊瑚に仕えていたことが彼女の自信になったようで、現在は立派に働いている。
紺々の様子を珊瑚は微笑ましい気持ちで眺めていた。
夕方から、紘宇と珊瑚、紺々と、屋敷で働く者達総出で水餃子作りを行う。
海鮮の出汁が利いたスープを大鍋で煮込み、そこに茹でた水餃子を入れて皆で食べるのだ
皆が餃子作りをする様子を、たぬきが飛び跳ねて応援してくれる。
『くうん! くうん!』
愛らしい姿に、誰もが癒やされていた。
ただ一人、紘宇を覗いて。
「おい、たぬきなんぞを見ていないで、手を動かせ!」
紘宇を筆頭に、皆で完成させた水餃子は去年よりもおいしいと好評だった。
そして、新年を迎える。
「いいか? いくぞ?」
「はい」
爆竹の導火線を手に持った紘宇は、火をつける。
紘宇は着火したあと、庭に置いた爆竹から走って離れた。
珊瑚と並び、離れた場所から見守る。
ついに、爆竹に火が付いた。
パチパチパチパチ! という破裂音と、煙が上がる。
「ひ、ひゃあ!」
珍しく、珊瑚は悲鳴をあげて紘宇に抱きつく。
「大丈夫か?」
「え、ええ。けっこう大きな音が、な、鳴るのですね」
「ああ。気になるようであれば、耳を塞いでおけ」
「へ、平気です。ですが、少しだけくっついていてもいいですか?」
「ああ」
しばし経つと、爆竹の音や煙に珊瑚は慣れてしまった。
けれどもこうして紘宇に密着する機会はないので、怖がるふりをしておく。
すると次から、爆竹をするたびに、紘宇が珊瑚の手を握ってくれるようになった。
それは何年、何十年と続く。
珊瑚はこれ幸いと、紘宇にぴったり寄り添い、幸せな時間を過ごしたのだった。