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永遠を継ぐ者

 幻灯書庫が誕生して3千年。

 気が遠くなるほどの時間。しかし永遠と呼ぶには足りないほどの、短い時の流れ。

 それだけの時を過ごしてきたアルシャにとって、永遠とは最も近くにあり、また遠くに存在する概念のようなものだった。

 永遠を作ると言われても──何の疑問も抱かずに受け入れるには、重たい言葉であった。

「儂は……永遠と呼ぶには足りないかもしれぬが、幾許かでもそれの断片を味わう程度の時を此処で生きてきた」

 杖の先端をアドレアに向け、彼女は言う。

「儂は、此処の『扉』を開いたことは決して過ちではないと、信じておる。安寧の永遠を選ぶよりも、今こうして変化を齎した此処で生きている方が、己の生を実感できるからの」

 外の世界から誰かが訪れることも、弟子という存在ができたことも。

 全て、アルシャにとっては大切な『気付き』であった。

 人間は、変化を繰り返し成長する生き物だ。シオンたちとの邂逅は、それを改めて認識させてくれるものだったのだ。

「書庫も、生きた存在であってほしい。此処を預かる魔女としての願いじゃ」

「……そのために、永遠の生を捨てるか」

 アドレアは問う。

「書庫に『時』を持ち込めば──お前の中の『時』も進む。果てに待つものは何も残らぬ死のみ。それを承知していてなお、お前は書庫に変化を与えるか」

「3千年も生きたんじゃ。もう十分じゃろう」

 アルシャは杖を振るった。

 ぱりっ、と電気が弾けたような音を立てて、幻灯書庫目録がルナの手中から飛び出すように放られた。

 2人の対話に気を取られていたルナは、唐突の出来事に驚き、慌てて本を掴まえようと手を伸ばす。しかし、僅かの差で届かない。

 幻灯書庫目録は、差し出されたアルシャの手に納められた。

「話をしてみて……よく分かったよ。父上は、儂が永遠の存在でなくなることを良しとしていないだけなんじゃ」

 アルシャは書の表紙を捲った。

 複雑に記された手書きの文章を5本の指で撫でるようになぞり、アドレアの顔をひたと見据える。

「ならば──こうするのが最良じゃろうな」

 双眸を閉ざし、書に掌を置いたまま、一呼吸置いて彼女は言った。

「開け、探求の門。叡智を求める旅人に、学び舎の席を与えたまえ」

「!──アルシャ様、それは」

 ソルが頓狂な声を上げる。

 アルシャは微笑を浮かべて、幻灯書庫目録から静かに手を離した。

 幻灯書庫目録は宙に静止したまま、紙面に記されている文字を山吹色に輝かせ、何かをぼうっと前面に浮かび上がらせる。

 それは、光の集合体が作った人間の腕だった。

「儂が、父上同様に幻灯書庫目録の住人になれば解決する問題じゃ」

「シオンはどうするのですか!」

 流石に太陽の書のままではいられなかったのだろう。シオンの手から抜け出して人の姿になり、ソルは珍しく感情的に提言する。

 シオンは、座り込んだまま目を丸くしてアルシャの背中を見上げていた。

 小さな魔女の背中は──広く大きく、頼もしくも何処か儚げな、そんな存在に見えた。

 書から生まれ出た腕が、大きく伸びてアルシャの全身を優しく抱き締める。

 アルシャは振り向いて、シオンに己の杖を差し出した。

「御主はもう立派な幻灯書庫の守人じゃ。これからは、ソルと……ルナと。3人で、此処を守っていっておくれ」

「先生……そんな、私は」

 アルシャから杖を受け取って、シオンはふるふるとかぶりを振った。

「私は、まだまだ未熟です。もっと、色々……先生に教わらないといけないことが」

「大丈夫じゃよ。自信をお持ち」

 アルシャは静かに手を伸ばし、シオンの頭を撫でた。

「御主は1人じゃない。そうじゃろう?」

 傍らのソルに目配せし、それから背後で複雑な面持ちで佇んでいるルナに向けて、言った。

「ルナ。この子を守っておやり。あれだけ行動力のある御主なら、容易いことじゃろう?」

「はは……何だよ、それ」

 乾いた笑いと共に、こめかみの辺りを掻いてルナは応えた。

悪戯精霊ピスキーになった俺に、そんな大事なことを頼むんだ?」

「理由があってそうしていたんじゃろう? ……御主も父上と同じじゃよ」

「…………」

 辺りに視線を彷徨わせ、彼は苦笑いする。

 何処か吹っ切れたような、そんな眼差しへと変化していきながら。

「……俺の考えてたことも、お見通し……か。今更言うなんて、ずるいよな」

 ふっと笑うアルシャ。

 背を向けていても、彼女がどういう表情をしているのかが分かるのだろう。ぽつりと、呟いた。

「ほんっと、粋じゃないよ……」

 光の腕に少しずつ引き寄せられていくアルシャの全身が、淡い輝きに包まれる。

 アルシャは辺りをゆったりと見回して、最後に、双眸を閉ざしながら唇を開いた。


「儂は、いつでも此処におる。此処で父上と、御主たちが作っていく新たな幻灯書庫を見ておるよ」


 彼女の全身が光の集合体となり、書のページへと吸い込まれていく。

 そんな彼女を黙して見つめていたアドレアは、

「……これもまた、ひとつの永遠の形か」

 アルシャが出した結論を是としたのか。それは定かではないが。

 宙に浮かんだままの幻灯書庫目録を手に取り、開いていた表紙を静かに閉じて。

 全身を紫色の靄に変え、ページの間に滑り込むように書の中へと戻っていく。

 アルシャが掛けた魔法の効果が消えてただの書に戻った幻灯書庫目録は、床に落ちた。

 それを拾い上げ、ソルはルナに問うた。

「……まだ我々と争うつもりなら、相手をするが」

「……もう意味ないじゃん。争うことも、俺が悪戯精霊ピスキーでいることも」

 肩を竦め、ルナはその場に座り込んだ。

 両足を投げ出した格好でぺたんと床に尻を付け、彼はシオンの方を向く。

「そういうわけだから、仲直りしよう? シオンちゃん」

「……そうですね」

 シオンは頷いた。

 アルシャに託された杖を自らの杖と共に腰に差して、立ち上がる。

 アルシャの魔法で癒された怪我は、今ではもう痛みもない。しっかりとした佇まいで、彼女はソルたちの顔を順番に見つめた。

「私、先生には遠く及ばない魔法使いだけど……一生懸命、書庫のために尽くします。ですから、力を貸して下さい。お願いします」

 ぺこ、と頭を下げた。

 そんな彼女に、先に言葉を返したのはソルだ。

「それが私の役目だ。今更お前に……いや、貴女に仰られるまでもありません」

 急に敬語になったのが可笑しかったのか、シオンはふっと吹き出した。

「今まで通り、私のことは呼び捨てで構わないですよ。そっちの方が、何となくソルさんって感じがします」

「…… そうか」

「ルナさんも。粋な仕事、色々私に教えて下さいね」

「……頼まれちゃったら仕方ないよなぁ。任せなさいってね」

 軽い返事で頷くルナ。

 シオンはソルから幻灯書庫目録を受け取ると、それを腰のホルダーに納めた。

 この中で、アルシャは自分たちのことを見てくれているのだ。

 ならば、この本の定位置は此処で決まりだなと密かに思ったのだった。


「位置、この辺?」

「えっと……もう少し右側に。もうちょっと……うん、その辺りです」

 外界と繋がっている扉の前に、梯子が立て掛けられている。その上で作業をするルナを、シオンは下から見上げていた。

 ルナが手にしているのは、時計だ。部屋の雰囲気に合わせてアンティーク調にデザインされているそれを、ルナはシオンに指定された位置で金具を付け、落下しないように固定した。

 部屋に時計を設置したい、というのはシオンの発案だった。

 此処では外界からの客人に時間を尋ねられることも少なくはない。その際にも困ることがないようにと考えたのであろう。

 作業を終えたルナが梯子からひょいっと飛び降りて、今し方自分が設置した時計を真下から見上げた。

「時計ってさ。あると何か仕事しなきゃって気分になるよね」

「活動にメリハリが生まれる、と言いたいのだろう」

 ソルは相変わらず太陽の書の姿で、テーブルから2人の様子を見つめている。

 ──幻灯書庫の守人がアルシャからシオンへと代替わりして、数日。

 シオンは数多の書物と2人の魔道書に囲まれながら、穏やかな生活をこの書庫で送っていた。

 アルシャほど頻繁ではないが、仕事の合間に紅茶を淹れて休憩を取ることも習慣となりつつあった。

 禁書は、ルナがシオンの傍らで真面目に仕事をするようになってからは、誕生していない。

 それでも、書庫の管理に携わる仕事は山のようにある。

 テーブルに山と詰まれた書物、これらは皆装丁の具合や内容の微細な変化があるかどうかを調べるためにソルが選別して置いたものだ。

 これをひとつずつ丁寧に処理していくことが、現在のシオンの役割となっていた。

「さあ、時間は有限だ。業務に戻らねば」

 ソルの一声に、シオンとルナは返事をしてそれぞれの持ち場に戻っていく。

 シオンはテーブル席に。ルナは梯子を担いで本棚の方に。

 各々が真面目な面持ちで、役割へと向かっていく。

「こんにちはー」

 扉が開いて、若い男女が書庫なかに入ってきた。

 旅人だろうか、動きやすそうな装束の上から白の外套を羽織った、魔術師のような出で立ちの2人組だった。

「いらっしゃーい」

 梯子の上で書を選別していたルナが肩越しに振り返りながら声を掛ける。

 シオンは席からゆっくりと立ち上がって、男女の方へと歩み寄った。

「幻灯書庫にようこそ。私が此処の管理者のユウリ・シオンです。今日はどういった御用件でしょうか──」


 幻灯書庫の時は静かに巡る。

 新しい風が吹き込んだ世界は、ゆっくりと、未来へと向けてその姿を変えていきつつあった。

 世界の変革者となった少女は、頼れる相棒らと共に、外界が運んでくる変化を楽しみに今日も書に囲まれた時を過ごす。

 この『世界』を閲覧する者たちに、誇示するかの如く──

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