第四十八話「生贄の祭壇での取引」
スヴェン達が捕えられた翌日の正午前。
遺跡の北西の生贄の祭壇、巨大な壁で四方を囲まれた遺跡の門の前に人影が現れた。
アモイである。
武器もなく、荷物も無い状態で両手を上げて門に歩み寄る。
当然の事ながら門を警備していた二人の邪教徒がアモイを呼び止めた。
「待て! 何者だ?」
「アモイ。君たちの親玉と取引に来た。聞いていないか?」
「荷物はどうした?」
「今ここには持って来ていない。仲間に持たせてるんだ。
オイラがきっかり正午、仲間を連れて戻らなければ永久に見つからなくなる場所に捨てるように言ってある」
「いいだろう……通れ」
二人の邪教徒は左右から門を開いた。
アモイはゆっくりと中へ歩いて入る。
「真っすぐ進め、広い場所に出たら目の前の高台に続く石の階段を登るんだ。
その上にお前の仲間を捕えている」
アモイはゆっくりと城壁の下の通路を進む。
しばらくすると門番の言うように広い場所、骨があちこちに転がった荒れた地面の広場へと出た。
中央には高さ5メートル、50メートル四方ほどの石の高台があり、目の前にはそこへ登る階段がある。
アモイは階段をゆっくりと登る。
祭壇の上に辿り着くと、土台付きの木の柱が6本立てられており、それぞれにスヴェン、イヴァリス、ラナ、マーチン、阿毘羅王、そして全身をピッチリとした皮の鎧で覆った短髪の女性が両手両足に枷を付けられて柱に繋がれている。
全員足枷には鎖で鉄球を繋げられ、猿ぐつわまでされている。
そして短髪の女性は終始項垂れていた。
「イヴァリスちゃん、ラナさん、スヴェン君! 皆大丈夫だった!? 酷い事されてない?」
スヴェンの背後辺りから、大きな杖を持った邪教徒の司祭、アガレスが歩み出る。
「全員無事だ。少なくとも今はね……。約束の物を持ってきたのか? 手ぶらに見えるが?」
「まずは皆が無事な事をちゃんと確認してからだ! スヴェン君の猿ぐつわを取れ」
アガレスはスヴェンをちらりと見る。
そして人質たちの前を歩き始めた。
だがスヴェンの前は通り過ぎる。
「こいつは中々手こずらせてくれてね。
猿ぐつわを取っただけでも何をやり始めるか分かったもんじゃない。
無事を確かめるなら他の者でよかろう」
アガレスはラナの前に来ると、猿ぐつわを取った。
「ラナさん! 大丈夫だった?」
「はい。スヴェンさんが人食い巨人の檻に一緒に入れられて襲われましたが、あっという間に撃退してしまって……、この人が入って来て牢屋の番人に何かささやいてからは一人用の檻に移動されました。
それからは私も皆も特に何もされていません」
「次はお前の番だ。『ヘカトンケイルの目』を寄越せ」
「今ここで渡す訳にはいかないだろう? その瞬間に君たちがオイラと仲間を殺すかも知れない。
確実に安全に、オイラと仲間が無事にここから出られる手段の取引を要求する!」
「……ではどうすればいい? 我々としては『ヘカトンケイルの目』さえ手に入れば、お前等などどうでも良いのだ。逃げようがどうしようがな」
「スヴェン君を解放しろ!」
「その前にブツを見せろ!」
アモイは口に指を当て、ピュ――と口笛を吹いた。
祭壇を囲む城壁の一か所からリンが顔を出す。
そして城壁の上に立った。
両腕で、リンの体には大きな『ヘカトンケイルの目』を抱えている。
手をかざしてそれを確認したアガレスは、指を一本立てるとスヴェンを柱に縛り付けていたロープに向けて振り下ろした。
ロープは鋭い爪で引き裂かれたように千切れ飛び、スヴェンは前へと歩み出る。
「他の皆もだ!」
「このガキを解放したのは、『ヘカトンケイルの目』を実際に持ってきて私に見せた、その行動に対する対価だ。私としてもこのまま全て差し出す訳にはいかぬ」
スヴェンはアガレスの前へ歩み出ると無言で顔を見つめた。
「何だ? さっさとアモイの元へ行け」
スヴェンは首を横に振り、再びアガレスの顔を見つめる。
「一体何が言いたいんだ? さっさと行け」
アガレスはスヴェンの猿ぐつわを指先の爪で切って取り去った。
「手枷と足枷も解いてくれよ」
「はぁ? 贅沢を言うな! お前を解放すること自体が私にはリスクなのだ」
「やだね。僕がこのままアモイさんの所へ戻っても素早く動けない。そしたら逃げられないじゃないか! あんたは『ヘカトンケイルの目』だけ取った後、僕を追いかけてもう一度捕まえるか殺す気だろう?」
「お前なぞどうでも良いと言っておるだろっ!」
「いやっ! 信じない! 僕は信じないぞ! お前は絶対に動けない僕を殺す気だ! ここから動くもんかっ!」
「妄想もたいがいにしろ!」
「それなら僕の手枷と足枷を取れ! そうしなければ交渉は進まないぞ!」
「ドアホめが……」
アガレスは鍵を取り出すと、スヴェンの手枷と足枷を外した。
「これで気が済んだか?」
スヴェンは即座にアガレスを蹴りつけた。
アガレスは後ろへ転んで頭をうち、のたうつ。
「リンっ!」
スヴェンは城壁の上に居るリンの方へ手を差し出しって手のひらを向ける。
リンは『ヘカトンケイルの目』を城壁の上に一旦置くと、両手でテレキネシスの魔法を詠唱した。
城壁の裏からスヴェンのハルバードとマジックエッセンス入りのポーチが浮かび上がり、スヴェンの方へ飛ぶ。
それを受け取ったスヴェンはイヴァリスを拘束するロープをハルバードで切断し、即座にアガレスの方へ向かった。
そしてハルバードを打ち下ろす。
だがアガレスは指先でハルバードの刃を摘まんで受け止めた。
「交渉決裂だ。私を見くびるなよ?」
アガレスは短い呪文を詠唱した。
スヴェンは慌ててアガレスの元からバックステップで逃げて距離を取る。
みるみるアガレスの体が巨大化し始め、衣服を黒い筋肉質な手足が突き破る。
そしてついには角とコウモリのような羽までがニョキニョキと生える。
「地下飼育場の門を開けぇぇい!」
アガレスの叫びと共にゴゴゴゴゴと地面が振動を始め、祭壇の左右の下にあった巨大な鋼の門が開く。
そしてそこからゾロゾロと、無数のドラゴンが這い出し始めた。
見る見る祭壇の周囲の広大な荒地をドラゴンが埋め尽くしていく。
「アモイさん……早く……」
「くっ、手、手が震えて……」
どさくさに紛れてイヴァリスに駆け寄り、手枷と足枷をアモイはロックピックで解錠を試みていた。
隣でまだ柱に縛り付けられているラナは周囲を見回して青ざめる。
まるでテーブルに乗った料理に押し掛けるように、祭壇の周囲全体から大小様々なドラゴンが長い首を持ち上げ、生贄達をよだれを垂らしながらゆらゆら頭を揺らして眺めていた。
ドラゴンの後ろに次々と別なドラゴンが首をもたげ、祭壇を影が覆っていく。




