第四十七話「インプの交渉」
「リ、リンちゃんどうしよう! スヴェン君が捕まっちゃったよ、どうしよう?」
「……イヴァリス達を捕まえてるとか言ってたわね……」
「そうだよ、イヴァリスちゃん達も……速く助け出さないと! 酷い目にあわされる前に!」
「今何かしても捕まるのがオチよ。私達がすべきことはまずここから抜け出す事」
「そんな! 皆を見捨てるのかい? オイラは絶対に反対だ! このままではスヴェン君もイヴァリスちゃんもラナさんもマーチンさんも皆殺されてしまう!」
「アモイさん。魔法の夜は私達が隠れて見つかっていなかったから、邪教徒に素直に従ったのよ。
私に考えがあるの。彼らを殺させないわ」
***
「おい、しっかりそいつからマジックエッセンスの入った瓶を回収しておけよ」
「動くなよ?……。あったぞこれだな?」
スヴェンは牢獄に連行されながら、邪教徒にマジックエッセンスを没収されていた。
これで魔法はもう使えない。
数人の邪教徒に囲まれ、両手を縛られた状態のスヴェンは牢獄の並ぶフロアへと入る。
「イヴァリス、ラナさん、無事ですか?」
「スヴェンさん! 捕まってしまわれたのですね?」
「大丈夫、なんとかなるさ」
イヴァリス達の隣の牢獄を見たスヴェンは驚きながら声を漏らす。
「うぉっ、お前……なんでこんな所にいるんだ」
「ふはははは! 遂に見つけたぞ! もう一度勝負じゃぁ!」
「貴様ら余裕の表情をしていられるのは今の内だぞ」
邪教徒はスヴェンを双頭の巨人が詰め込まれた檻の前へ立たせた。
巨人は鉄格子を両腕で掴み、食い入るようにスヴェンを見回しながら涎を垂らす。
「貴様はスヴェンという魔法剣闘士、トレジャーハンター・アモイの護衛だな?」
「だったら何だ?」
「『ヘカトンケイルの目』はどこにある? アモイもここへ来ているのか?」
「どうだったかな? 忘れたよ」
「まぁいい。尋問する相手は他にもいるからな。お前は同胞7人に大怪我をさせた。態度が悪ければ明日の儀式の前に殺してしまっても構わないとの事だ」
邪教徒の一人が長い杖を持って近寄り、呪文を詠唱した。
するとその杖の先端に赤い光が灯り、バチバチと音を立てる。
邪教徒は檻の中の巨人の顔に杖の先端を押し付けた。
杖はバチバチと音と光を放ちならが巨人の顔に焦げ跡をつける。
巨人は部屋中が振動するような叫び声を上げながら檻の奥へと後退し、後ずさる。
その隙に邪教徒は檻の鍵を開け、扉を開く。
「くっくっく……。同室の囚人と仲良くするんだな」
邪教徒はスヴェンを背中から蹴って巨人と同じ檻の中へと押し込んだ。
そして外から扉を閉じて鍵をかける。
「さて。楽しいショーの始まりだ。凶暴な人食い巨人VS丸腰の人間。どちらが勝つかな?」
「そんなっ! スヴェンさんを出してあげて下さい! お願いします!」
ラナが鉄格子を掴み、邪教徒達に懇願するが邪教徒達はニヤニヤ笑いながら奥の拷問エリアへ下がり、椅子を並べて見物を始める。
ラナは隣の部屋であぐらをかくモンクに叫ぶ。
「お願いです! 貴方はスヴェンさんと勝負をするくらいお強いんでしょう? 貴方の力でなんとかスヴェンさんを助けられませんか!?」
「ふん。知らんな。あれで死ぬようならそこまでの話。それにわしが手出しする義理もないわ!」
ラナはフロアの奥で見物する邪教徒達に向かって叫ぶ。
「分かりました! 貴方達の望みの……」
ラナの口をイヴァリスが背後から塞いだ。
そして牢獄の奥へラナを引っ張って座らせる。
「イヴァリスさん……」
イヴァリスは無言で巨人と、それに向き合うスヴェンを見つめている。
「スヴェンは魔法剣闘士……。大丈夫だから……」
ラナはイヴァリスの言葉に困惑しつつもスヴェンの方を見た。
巨人はしばしスヴェンの様子を伺っていたが、ゆっくりと前進し、人を握り潰せそうな巨大な手をスヴェンの方へと伸ばした。
だがスヴェンは少し飛ぶと巨人の腕の上を滑るようにして後ろへと抜ける。
のろまな動きで捕えられないと悟った巨人は体を捻ってスヴェンの方へ向き直ると、反対側の腕を勢いよく前へだし、強烈なパンチを放つ。
パンチは鉄格子に命中し、大きな音と共にフロア全体を揺らす。
だが一瞬早く、スヴェンはそのパンチの上で逆立ちするように体をかわし、そのまま巨人の腕を伝って頭の方へと走り寄った。
「知ってるかい? この巨人の犬歯はナイフのように鋭いんだ」
スヴェンは双頭の巨人の片方の頭に後ろから手首を縛られた腕を被せて掴まった。
そして結び目を巨人の口に当ててしばらくゴリゴリ動かした後、素早く引く。
スヴェンの両手を縛るロープが切断された。
グオォォォ! ウオォォォォォ!
巨人は怒り狂い、両手で頭をかきむしるようにしてスヴェンを捕まえようとするが、スヴェンはすでに背中から脇の下を伝い、巨人の正面、前かがみになった顎の下へと降りていた。
「この巨人はこんな狭い所に閉じ込められて、ろくに運動もさせてもらってないようだね。食料もまともに食べてないから、ほら、弱点が完全に無防備だよ」
スヴェンは両足を開いて地面に踏ん張ると、巨人の腹と胸と喉に、強烈なパンチを浴びせた。
巨人は呻きながらその場に屈みこむ。
すばやく横に飛びのいたスヴェンに、こんどは巨人の裏拳が飛ぶ。
だがそれは、明らかに攻撃というよりも、払いのけるという防御行動であった。
「それにこの巨人は可哀想な事に、頭部に致命的な弱点がある」
スヴェンは少し助走をつけて走ると、巨人の側頭部にドロップキックをした。
巨人の片側の頭がドロップキックの勢いで弾かれて横へ動き、もう一つの頭の側頭部に激しくぶつかる。
ウオォォォォ!
双頭の巨人は頭を抱えてその場にうずくまった。
そしてスヴェンから距離を取るように牢の反対側の隅へと逃げる。
「分かって貰えたようだね。これで仲良くできそうだ」
***
遺跡の外にて、スヴェンのハルバードを担いだアモイとリンが少し離れた茂みの中をかき分けていた。
「あったよ、リンちゃん、イヴァリスちゃんの荷車が」
「オーケー。荷物は取られていないようね」
「それにしてもスヴェン君のハルバードが大切なのは分かるけど、わざわざ寄り道して盗むなんて……ヒヤヒヤしっぱなしで死にそうだよ」
「そんなんじゃ泥棒稼業はやってけないわよ?」
「おいらトレジャーハンターだし」
「同じような物でしょ。それよりもここの邪教徒達はフォールン・エンジェルと繋がりのある集団なのは明らかよ。つまり、欲しい物も同じって事……」
「『ヘカトンケイルの目』か」
「そう。交渉をするのよ」
リンは木切れを拾うと、近くの露出した地面にサークルを二重に描いた。
そしていくつかの魔術記号を加えていく。
「まさか……それ、禁呪の魔法円と文字だよね?」
リンは魔法円を描き終わると、その正面に立ち、長い呪文を詠唱し始めた。
魔法円が一瞬赤い光を放ち、魔界の硫黄のような臭いが立ち込める。
そして魔法円の中央に黒い煙が立ち込め、身長50センチくらいの小悪魔が現れた。
インプである。
インプはリンの方を向くと、這いつくばる。
「ご命令を……我が主よ……」
「少しあなたの体を借りるわ」
「仰せのままに……」
リンは空中に浮かんだまま目を閉じ、両手で天を仰いでインプをコントロールし始めた。
コントロールされたインプは遺跡の中へと飛んでいく。
「知ってたはずなんだけど……リンちゃん……堅気じゃないね……」
インプは遺跡の地下へとフラフラと移動し、司祭アガレスの部屋の前へと降りる。
そして戸をコンコンと叩いた。
「こんな夜更けに誰だ?」
アガレスが扉を開けると、目の前の地面の上で小さなインプが見上げていた。
「我々の仲間の使いでは無いな? 何者だ?」
「レリック探索隊のアモイの使いよ」
「……ほう?」
「捕まっている仲間を傷つけたら、貴方が欲しがっている物が永久に手に入らなくなるわ」
「『ヘカトンケイルの目』か……」
「貴方が捕えている私達の仲間と交換よ」
「良いだろう。それでは明日の正午前に、ここから北西にある祭壇へ来い。そこで取引きだ。巨大な祭壇だ。迷う事は無いだろう」
「いいわ。くれぐれも……」
「分かっておる。だがその前に……人間共に使役されるその無様な姿を見ていると心が痛む」
グシャァ!
アガレスはインプを叩き潰した。




