第二十九話「お宝の分配」
「今日も一日がんばるぞい!」
ラナは船室の食堂で一人呟き、長い髪をまとめて頭巾を付ける。
そして長細い机の片隅でまな板の上に置いた玉ねぎやニンジンを刻み、沸騰する鍋の中へと入れる。
隣では巨体の料理長、マドックが筋肉隆々の腕で小麦粉をこねてドンドンと打ち付け、パン生地を作っている。
ベラ船長の方針で、この船の船員には『お客様』扱いの者は居ない。
全員が仕事を割り当てられて、ラナは調理係なのである。
突如、床の端を眺めていたマドックが近くの串焼き用の鉄串を取って投げつけた。
ダンッという音と共に小さな鳴き声が響く。
マドック料理長はドシドシと部屋の隅に歩み寄ると、串に貫かれたネズミの死体を摘まんで戻り、慣れた手つきで内臓を抜き、毛皮をむしり取る。
そしてラナの目の前の鍋にポイッと入れた。
「ひっ! な、なんて物入れるんですかっ!」
「いい出汁が取れるんだ。つべこべ言ってないで次だ、ニンニクを持ってきて刻め!」
「は、はいっ!」
食糧庫に走り去るラナの背中にマドック料理長が叫ぶ。
「あと二日後にはタートルフォートで補給を行う。一番腐りそうな奴からジャンジャン持って来い!古い物を全部使い切るぞ!」
船の外ではリンが飛びながら外装部分のチェックをしていた。
「こっちよ! ここにおっきな穴が開いて船の中が覗けるわ!」
「よぅし」
「きゃぁっ!」
突如上の甲板から縄梯子が降ってきてリンは慌てて飛びのく。
そして縄梯子を伝って金づちと木切れを持った船員が降りて来て損傷個所をチェックし、補修を始める。
「ちょっと! 危ないじゃないの! 縄梯子投げる前に声かけてくれない?」
「そんなもんパパッとかわせよ。パパッと」
「あんたのそのモジャモジャ頭を燃やすわよ?」
「わーった。わぁーったって。ごめんよ」
甲板ではクラーケンの墨でベチョベチョになった床をイヴァリスや他の船員達がモップ掛けして掃除していた。
一人の船員がイヴァリスに言い寄る。
「よぅ。姉ちゃん。彼氏とか居るの?」
「……居ません」
「おっし、ラッキー!
俺と付きあ……、あれ?」
船員の体が浮かび上がる。
背後から航海士ダミアンが掴みあげていた。
そしてそのまま頭の上に抱え上げると、海に船員を投げ捨てる。
「どわぁああ!」
ドポ~ン!
ダミアンは甲板から見下ろしながら叫ぶ。
「仕事をサボってんじゃねぇぞこのクズが!」
周囲の船員達は慌ててキビキビ動き出し、船尾からは縄が海に投げられて船員は間一髪、大海原への置いてけぼりを間逃れた。
そこへベラ船長が船室から現れ、大声で叫ぶ。
「ようし、見張りと帆の調整員以外全員仕事を切り上げて食堂へ集まれ!
食事と一緒にお宝のお披露目と分配を行う!」
「うっほ~いっ!」
「お宝、ついにか!」
船員達は先を争うように船室へと向かった。
食堂では大きな長机が中央においてあり、机の上には3つの錆びた金属製の宝箱が並べて置かれている。
船員達とスヴェン達が揃うとベラ船長が箱の前に立った。
「お前達、今回よく頑張ってくれた。こうしてこれほどの量の金品の戦利品を並べるのは何年ぶりか……、そうあれは大型の商船を……よし! これから中身の確認と分配を行う!」
「いやっほ――う!」
「お宝だ! 久々のお宝だぜ!」
ベラ船長は一つ目の箱を開けた。
鍵は付いていたようだが錆びきってボロリと落ちる。
輝く宝石や金銀に周囲が息をのむ。
ベラ船長は3つの箱の中にあったものを机の上に一つ一つ並べて行った。
骨で出来た手の装甲、ガントレット
宝飾品で飾られたバックラー
金銀宝石のちりばめられたセプター
数本の象牙製のワンド
飾りナイフ
金銀宝石のちりばめられた儀式用のシミター
金で出来た杯
ポットくらいのサイズの小さな柱のような石の彫像
装飾の施された白銀のクロスボウ
多数の色々な宝石がちりばめられたネックレス
トルコ石のネックレス
大小様々で色々なカットの施されたダイヤモンド、サファイア、黄水晶、ルビー、エメラルドが各20個ほど。
最後に筒に入れらた大量のスクロール20個ほど。
そして100万ゴールド相当と思われる金貨である。
船員達はあちこちでザワザワと騒ぎはじめていたがベラ船長の一声で静まった。
「今回、ゴールドは皆に均等に分ける」
「おおおぉぉぉ」
「そしてそれ以外の者は引き揚げへの功労者に、その貢献度に応じて並んでもらい、順番に好きなものを取って貰う。功労者については私の独断だ。文句はないな?」
「イエッサー」
「無いです」
「それでは私の言う順に並べ。先ずはスヴェン、先頭だ」
「はい!」
甲板でお宝を引き揚げた者、砲手、スケルトンと戦った者などが並べられた。
イヴァリスは並びながら陳列されたお宝を見て、顎に指を当てて考え込む。
商人視点での鑑定を必死で行っているようである。
船員達の列は食堂の長さでは並びきれず3段に折り返して並び始めていた。
スヴェンはしばらく悩んだ後、2段目の列で近くにいるイヴァリスに小声で聞く。
「イヴァリス、イヴァリス」
「?」
「あの中で一番良さそうなのってやっぱセプターだよね?」
「バックラー。中心で使われている宝石のカラットが二回り違うから……」
小声でヒソヒソ話をする二人の元に、アモイが現れて小声で話しかけた。
「スヴェンくん、何としてもあのクロスボウを選んでくれ」
「ええぇ? でもあれ見るからに歪んでるし、値段的にももっといいのが……」
「頼むよ。そしてイヴァリスちゃんは石の彫像を選んでくれ」
「無名の彫像……ルビー一個にも及ばない……なぜ?」
アモイは少し離れた場所で机に腰かけているリンにも耳打ちする。
「リンちゃん、頼むからあの骨のガントレットを選んでくれ。お願いだ」
「まってよ、私の順番ならまだ宝石が残ってるわ」
アモイは3人に拝むように頼み込む。
「ゴルガン・スペラの冒険のキーアイテムなんだ。それが無ければ詰む」
ベラ船長が不意にスヴェンを呼ぶ。
「スヴェン、まずお前からだ。好きなものを取れ」
「仕方がないなぁ……」
スヴェンは白銀のクロスボウを取った。
周囲の船員達が驚いてざわめく。
「次、砲手隊長スミス」
スミスはセプターを取った。
並ぶ船員達が極めて高価そうなお宝を次々と取っていく。
「次、イヴァリス」
イヴァリスは周囲の船員達を見回して、視線をしばし観察した後、金銀宝石のちりばめられた儀式用のシミターを取った。
アモイが嘆く。
「い、イヴァリスちゃん……酷いよ……」
船員がさらに宝物を取っていく。
「次、リン」
リンは残されていた最大カラットのダイヤモンドを取った。
「リンちゃんまで……」
机の上の宝石も次々と無くなっていく。
そして遂にアモイの言っていた彫像や骨のガントレットは、ため息をつきながら船員が取っていった。
「次、アモイ」
アモイはトボトボと机に向かうと、残された数個のの宝石には見向きもせず、スクロールの山を指さして言った。
「このスクロール、まとめて貰ってよろしいですか?」
「そうだな。人気もないし、誰も文句はないな? ……よし、全部持っていけ」
アモイはスクロールの山を抱えて食堂の隅で座り込み、ため息をつく。
そこにイヴァリスが現れて、彫像と骨のガントレットをアモイに手渡した。
「い、イヴァリスちゃん! なんで? 君はシミターを取っただろう?」
「シミターを宝石のネックレスと分配分のゴールド付けて貰って交換して、宝石をばらして彫像を取った人と、ガントレットを取った人に交換して貰いました」
「そんな? 明らかにシミターよりネックレスの方が高いだろう?
オイラだってトレジャーハンターだ、それなりの鑑定眼はあるつもりだぞ?」
「物の価値は欲しい人の数で決まる……、ここの船員さん達、この船の中ではネックレスの価値は低いです。」
「ありがとうイヴァリスちゃん」
「お礼はいいです。私は貴方に投資します……」
イヴァリスは手で銭のマークを作って見せた。
「ははは……任せてくれよ」
ベラ船長が叫ぶ。
「よし、分配が終わった。食事の時間だ。全員席につけ」
皆が席に着くと、料理長のマドックがワゴンを押して部屋の中に入り、皿とパンをそれぞれの前に置いていく。
続いてラナも鍋からお椀にスープを注いで回る。
「うめぇ。このスープ、ラナちゃんが作ったの?」
「え、えぇ……」
「うんめぇ!」
船員達はスープを絶賛した。




