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第二十七話「クラーケンの脅威」

 巨大な投網は右舷の船首付近に船員5名とアモイとイヴァリス、船尾付近で船員5名が滑車を通したロープで引き上げ続けていた。

 徐々にクラーケンのヌメヌメと月の明かりで光る巨体が甲板から見える位置にまで引き上がる。

 クラーケンは甲板に数本の触手をズルズルと這わせて甲板を探り始めた。

 触腕の根元の直径は人の背丈ほどもあり、あちこちに付いた吸盤がまるで呼吸をするように広がっては収縮を繰り返す。

 甲板の床板を吸いつけた吸盤は、船へ登ろうとする触手の動きに合わせてバリバリと床板を剥がす。


「べ、ベラ様ァ~~! クラーケンが登ってきやすせ!?」


 ベラ船長は2、3歩下がると、操舵室の外壁に取り付けられた木の蓋を開けた。

 中にあった船内の連絡用の、金属管の繋がったラッパのような機器に向かって叫ぶ。


「右舷艦砲、3番、4番、5番! 撃てぇ!」


 この船の艦砲は甲板の下の階、船の内部に収納され、船腹から外へ向いて左右7門ある。

 ベラ船長の号令で右舷中央の3門の大砲が船腹の蓋を開いて露出し、立て続けに砲撃を行った。

 轟音を立てて命中したのはクラーケンの頭と胴体である。

 甲板の床板をいくつか剥がしながら衝撃と共にクラーケンは怯む。

 直後に船全体を震わせる雄たけびと共に真っ黒な水柱を吹き付ける。

 マストの横木に立ち、ロープにつかまって帆を張る作業をしていた船員を吹き飛ばして海に落とし、ついでに中央のメインマストの天辺のトップマストを横木と一緒に破壊した。

 甲板には黒い雨となってそのヌルヌルとした墨が降り注ぐ。


「うわっ、臭ぇ」

「は、はっは、ざまぁみろバケモンが」


 誰もがクラーケンが死んだ事を期待した。

 だがクラーケンは一旦体を引き下げたものの、前よりも早いスピードで触手を伸ばしてよじ登ろうとしている。

 遂に甲板に巨人の首のようなクラーケンの顔が乗り上げる。

 気味の悪い巨大な目玉が甲板で恐慌状態の船員をギョロギョロ見回し、大小数十本の巨大な牙の生えた洞穴のような口が甲板の縁の木の手すりをバリバリ噛み砕く。

 月夜に照らされた醜悪な怪物の顔は底知れぬ海の魔神に襲われたような恐怖を皆に感じさせていた。

 ベラ船長は再び砲手へ指示を続ける。


「次弾装填! 完了次第即座に怪物を吹き飛ばせ!」

「ベラ様! 不味いですぜ! アンデッドの帆船がこの船の左右に付いたぜ! もうすぐ艦砲の射程だ!」


「右舷1番、2番、6番、7番、左舷全門! 敵船を狙って威嚇射撃を始めろ! このくそでかいタコを始末するまで近づけさせるな!」

「アイアイサーッ! 野郎共! 百戦錬磨のブラッド・ピーコックの砲手の技を見せてやれぇ!」

「ベラ様! 新手です! デスクレセント島から一隻、まっすぐこちらへ向かってきます!」


 ブラッド・ピーコック号の砲撃による轟音と煙と揺れ、アンデッド船からの砲撃が海に着弾する水しぶきで穏やかな夜の海のはずが嵐のような騒がしさになっていた。

 甲板では船員がまた一人、クラーケンの触手に引きずり寄せられ、短い叫び声と共に牙だらけの洞穴の中で噛み砕かれていた。


「仕方がない! ベラ船長! 船を多少削っちゃうかも知れないがこのままではやられる!」

「ああん? 船壊すんじゃねーよっ!」


 スヴェンは中央マストの柱の横で足を広げて立ち、呪文を詠唱し始めた。

 断続的な砲撃の轟音と大きく揺れる船の中、スヴェンは集中して詠唱を続ける。

 それを見たリンが素早く飛んでマストの横木に避難して叫ぶ。


「皆、怪物の前から離れた方がいいわよっ!」

「誰が好き好んで前にいくかっ!」


 船員はヤジを飛ばしながらも距離を取って見守る。

 10秒近い詠唱の後、クラーケンの目の前にいくつもの小さな光の粒が現れて瞬きながら渦巻き始めた。

 徐々に光の粒の数が増えていき、紫色に染まりながら拡大する。

 そして遂に船の全ての帆をバタバタと靡かせる強風を伴う魔法の竜巻が発生した。


「最高ランクの召喚魔法、ミスティック・トルネードよ!」


 スヴェンは目を閉じて両腕で空を仰ぐようなポーズで召喚した竜巻をコントロールしている。


「……なるべく船を壊さないようにコントロールしたいけど……船が粉々になるまでの時間の引き延ばしにしかならない! クラーケンがよじ登るのを抑えている内に早く倒してくれ!」


 クラーケンは目の前に現れた無数の発光と突風を伴う竜巻に触手で触れようとした。

 だがその触手は凄まじい勢いでゴリゴリと削られ、粘液とヌメる皮が見る見るはぎとられて周囲に吹き飛ぶ。

 ついにはむき出しになった肉をえぐりながら血が暴風と共に周囲に降り注ぐ。

 少しずつクラーケンの顔に近づく竜巻を、クラーケンは何本もの自分の腕を犠牲にしながら押留めようとしながら咆哮を上げる。

 ついでに甲板の板もメリメリと剥がれて飛び、マストに何段にも積み重ねて張られている帆が2枚ほど吹っ飛んだ。


「右舷、3、4、5! 何している!? 早く撃てぇ! 船がぶっ壊れちまうぞコラァ!」

「撃てぇい!」


 再び砲撃3連射の轟音が響き、クラーケンの胴体に命中した。

 クラーケンはよろよろと下がり、バシャァンと海へと落ちる。


「ディスペル・マジック!」


 スヴェンはクラーケンが海へ退散したのを確認してディスペルマジックを詠唱、魔法の竜巻を消滅させた。


「網が軽くなったぞ! 今だ! 急げ、引き上げるんだ!」


 網を引き揚げていた筋肉質の船員の掛け声で滑車がガラガラと回り、ついにゴルガン・スペラの沈没船から強引に掬い取った品々が網に包まれて宙へと浮く。

 そこにはいくつもの木切れや金具、腐った樽の破片や人骨に交じって3、4個の金属製の大きなチェストが見えた。

 それを見たベラ船長が操舵室のダミアンに叫ぶ。


「よし! 全速前進、アンデッドどもをふっきって進むぞ!」

「ベラ様! 何かおかしいです、帆がいくつか飛んだとはいえ、十分に追い風を受けてるはずなのにいつもより進みが遅い!」


「左右の船はどうだ?」

「近寄ってきません。来たとしても艦砲の質、砲手の練度でこちらが上、撃沈させて見せます!」


「……おぃおぃ、あれは何だ!」


 ベラ船長の指さす方向、ブラッド・ピーコック号の船尾にアンデッドの高速船が至近距離にまで迫りつつあった。


「艦砲の死角から来やがった! 船尾に寄せてきている!」

「だから俺言ったじゃん」

「声がちいせぇんだよ馬鹿!」


 ベラ船長がシミターを抜いて指示を続ける。


「乗り込んでくるぞぉ! 戦いに備えろ! 砲手! 砲撃を絶やすな! 船内の者は火薬と砲弾を砲手へ運び続けろ! 船倉の物を使い切っても構わん!

 あと水漏れ箇所を見つけたら即座に塞げ!

 ダミアン! 引き続き操舵を! 隙あらば全力で船を進めろ!

 私は何が進行を妨げてるのか調べる。

 それとスヴェン! もう二度とさっきの魔法を船の上で使うなっ!」

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