第八話「異世界人の歓迎」
スヴェンの視界は真っ白な光に覆われ、叫び声だけが何も見えない空間に反響する。
だがしばらくすると視界を覆う光が消えて行き、ぼんやりと周囲の風景が見え始めた。
スヴェンと二人の秘薬屋店員は腐りかけた丸太小屋の中、魔法陣の彫刻された石版の上に立っていた。
隙間だらけの壁の外には泥沼が広がり、更にその先には青々と茂る森林が広がる。
あちこちでカエルの鳴き声が響いていた。
「ここは?」
「異世界、パラレルワールドと呼ばれていた世界だよ」
「パラレルワールド? どこかにワープしたのか?」
「いや、時空の違う別世界が幾つもあるらしいが、その内の一つで我々の居た世界とは繋がっていない。
ここはたまたま我々が住んでいた世界と……なんというか距離といって正しいか分からないが、近いらしい。だから魔法でトンネルを作って行き来出来たんだよ」
「おい、あそこ……」
「ま、まずい」
秘薬屋の店員が指差す先の森から数体のナギナタのような武器を持った生物が這い出てこちらを指差していた。
下半身は長く伸びた蛇の尻尾、上半身は両手のある人間のような体、頭は蛇そのものである。
「彼らはこの世界の原住民であり支配者だ。この世界の探検の記録では蛇族と呼んでいた。奴らは……」
武器を持った5、6体の蛇族の戦士が蛇のような下半身を泥の上でくねらせて、小屋の方へと一斉に突撃を初めた。
森の中からは更に何体かの蛇族が現れ始める。
「非常に好戦的で対話不可能っ! どうする?」
「二人共反対側の森へ逃げろ。僕に考えがある。ここは任せろ!」
二人の店員は反対の沼地へと走り出て、沼地を駆け抜け、森の中へと逃げた。
スヴェンは襲い来る蛇族の戦士達に向き直る。
「ハィヤッ!」
セキトバ号を走らせて沼地へと駈け出し、蛇戦士達のど真ん中へ移動する。
そして呪文を唱え、蛇戦士達に片手を向けて魔法を放った。
「スプレッドファイア!」
幾つもの火の玉が蛇戦士たち一人一人に向けて次々と発射される。
だが蛇戦士はこれで倒れるほどヤワではない。
全員の注意がスヴェンに集中し、スヴェンに向けてスルスルと一斉突撃を始めた。
スヴェンは馬を走らせて巧妙に多くの蛇戦士達を挑発しながら誘導し、この世界に入ってきた、魔法陣のある小屋の中に駆け込む。
そして魔法陣の上で蛇戦士達に完全に取り囲まれ、あわや滅多打ちにされるというタイミングで姿を消した。
森の木々の陰からハラハラしながらスヴェンを見ていた秘薬屋店員の背中からスヴェンが話しかける。
「さぁ、ここは危ない。とりあえずこの場を離れよう」
「す、スヴェン君! 蛇戦士達に囲まれて殺されたかと思ったよ!」
「透明化とテレポートのエンチャントされたリングを使ったのさ。トリックだよ」
「ヒヤヒヤさせないでくれ。なんであんな手の込んだ事をやったんだ?」
「狂信者達が同じように追ってくるかも知れないだろ? 置き土産さ」
「そうか、魔法陣に現れた途端に蛇戦士達に完全包囲というわけか。
策士だな、スヴェン君は」
「悪い教師には事欠かないさ。それより早く行こう」
スヴェン達はそのまま蛇戦士達に見つからないように森を進んだ。
直後に小屋の中の魔法陣が白い光を発してジーロット・リーダー率いる十数人の狂信者が姿を現した。
周囲をギッチリ取り囲んだ蛇戦士たちが次々とナギナタを振りかぶって狂信者達に打ち下ろす。
「おのれ、謀ったな!」
ジーロット・リーダーは狂信者達を盾にしつつキョロキョロと周囲を見回しながら攻撃魔法を何度も放つ。
だが蛇戦士が倒れても後ろで待機していた別の蛇戦士が歩み出るだけである。
「ラムゼルク!」
ジーロット・リーダーは帰還の呪文を唱え、再び魔法陣は白い輝きに包まれた。
そして何人かの狂信者の死体を残して、狂信者達は再び姿を消した。
森をさらに奥へと進んでいたスヴェン達は開けた小道へと出ていた。
「さて、どうやって元の世界に帰ればいいんだ?」
「この異世界の探索の記録では、冒険を続ける過程で何箇所かに同じ転移装置を作って行き来をしていたそうだ。
だが文章での記録だったのと、何年も前に書物を読んだ私の記憶だから辿り着くのは難しいだろう。
そして出来る限り急ぐべきだ」
「何故?」
「その記録を残したのは何代か前の秘薬屋店主、魔法学校の元校長だという話はしたよね?」
「うん」
「その人は寿命で死んだんだ。年齢は220歳で。」
「220歳!?」
「この世界と我々の居た世界では時間の流れる速さが違うんだ。
実際は150年間はこっちの世界の探索をしていた時間なんだよ。
こっちは時間の流れが10倍……遅いらしい……」
「い、急がなきゃ!」
「シーー、静かに」
秘薬屋の店員が指差す方を見ると、二足歩行で歩くダチョウより少し大きいくらいの緑の恐竜が森の中から現れていた。
後ろにもう一匹続いて現れる。
交互に周囲を警戒しながら地面に生えている草を食んでいる。
草食性のようである。
「記録では草食性の二足歩行する恐竜のような動物を飼い慣らして騎乗用に使ったという記述があった。多分あれがそうだ」
店員はポケットから商品の一つ、おやつ代わりのオレンジを取り出すと、それを恐竜に見せつけながら慎重に近づく。
人間など生まれて初めて見たのか、それほど恐竜は警戒していない。
そして店員の持つオレンジに鼻先を近づけてクンクンと嗅ぎ始めた。




