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黒龍神話  作者: 小池 洋子
第2章 永碧帝 白龍
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2-28話 子供達(6)

 その年の秋には、かなり大規模な戦があり、激戦を経て白海国の勝ち戦で終わった。

 ソクリの執務室で手伝いをするようになった光栄は、武将も何人も死んだと聞かされ、戦への疑問を持ち始めた。師匠と勉強している書には、人には慈悲を持って接せよという言葉が繰り返し出てくる。王は万民の父として民の幸せを常に考えよと教えられる。しかし、現実の父は赤川への侵攻作戦を常に考え、戦を仕掛けている。

 その疑問は頭の中で膨れ上がるばかりで、夜も眠れない日々が続く。

「元子、疲れたのなら、今日はもうよい。部屋へ下がるよう。」

 居眠りをしていてしまっていたのか、光栄はソクリの言葉ではっとした。


「申し訳ありません。父上。」

「宰相の報告は分からぬ事ばかりで眠くなるのは、仕方ないが、気が散る。下がれ。」

「はい。」

 立ち上がって礼をし、出て行こうとした時に、宰相の報告の続きが始まった。捕虜という言葉が頭に飛び込んできた。

「父上。捕虜をどうなさるのですか?」

「元子様。こちらに居残りたいというだけの話です。どうも、こうも致しません。ご安心を・・・。」

 宰相の黄凜が光栄に答える。

「宰相、我も報告を聞きたいのですが・・・。」

「良かろう。居眠りしたら承知せんぞ。」

「はい、父上。」

 黄凜の報告では、捕虜となった赤川兵は国に返還したのだが、戻って来た者の行き先についてで、各領地で受け入れた人数の報告だった。

 しかし、赤川は捕虜返還要求は受け付けてくれていない。

「いつもの事だがな、こちらの名簿はしっかりしておるのか?」

「はい、大丈夫です。」

「そうか、では、それは預かろう。」

「何故、赤川は捕虜を返還してくれないのですか?」

「戦利品だからだな。負けたから土地を失ってしまった。その代わりという事だ。」

「父上が戦を仕掛けねば、土地は手に入らなかったかもしれませぬが、兵が捕虜となる事も無かったはずです。」

 黄凜が何か言いかけたが、ソクリはそれを制止した。


「元子、我も戦を止めて、民がまともな暮らしが出来るなら止めてもいい。だが、我にはどうやったら、戦をせずに民が明日に向かって豊かな暮らしが出来るのか分からぬ。元子よ、自分が王となった時、どうやったら戦をせずに万民が豊かな暮らしができるか考えてみよ。何が民にとって幸せか、じっくり考えるのだ。今日はもう下がれ。今のお前には、ゆっくり眠る時間も必要だ。部屋に戻って休め。」

「しかし・・・。」

「元子様、そうなさいませ。」

 ここの部屋から出てゆけという二人の視線を感じ、光栄はソクリの執務室を出た。

「大分、お疲れのようですが・・・。」

「戦が始まってからよく眠れないらしい。」

「執務の手伝いは、まだ早いのでは?」

「そうそう、ゆっくりもしておられんだろう。我の計画では三年後には太子に任命、十八歳から摂政をさせるつもりだ。」

「・・・。」

 もうそんなに時間が経ってしまったかと黄凜は思った。そもそも、ソクリは死ぬまで王でいてはくれないのが最初からの約束だ。時間はあるにしても、覆すのは難しいだろう。


「その後はどうなさるおつもりなので?」

「赤川を併合した所で、向こうでやらねばならん事が山のようにあるだろう。」

「それは、そうかもしれませんが・・・。」

「宰相は公子をどう思う?」

「はあ・・・、返答に困りますな。」

「誰でも困るのだろうが、宰相にだけは元子の立場を今からはっきり明言して欲しい。」

「しかし・・・。」

「我が何に一番困っておるかといえば、それよ。先王様の時代から、白海が前へ前へと進んで来られたのは、後継問題で宮が揺らがなかったからだ。我も、それに従う。次の王は誰が何と言おうとも、元子だ。」

「では、公子様はどうなされるので?」

「宮から出す。」

「うーむ・・・、それは損にはならぬのでしょうか?」

「仙才でなければ王は務まらぬか?」

「いえ、そういう事はございません。」

「では、仙才でなければ出来ぬ仕事は誰かする?」

「それは・・・確かに・・・。」

「どちらが王となっても、やれる事にはさしたる違いはないだろう。ならば、仙才として何かをやる方が、白海の未来には必要な事だろう。」

「確かに、それはそうです。」


「公子は生まれる場所も時代も間違えたのかもしれん。まあ、なるようにしてなったというか、出来るようにして出来たとか・・・、そんな所だ。」

「出来るようにして出来た?」

「林家は、三世代前から頭脳集団にすべく、行動を起こしているのだろう。長光大博士や公子はその結果だ。そうは思わぬか?」

「それはそうかもしれませんが・・・。本当にそんな事があるのでしょうか?」

「現実にあるだろう。」

「しかし、それで良いのでしょうか?」

「良くも悪くもこれが現実、それは認めるしかない。」

「公子の教育については我が考える。元子が王となった時に必要な事は宰相が教示して欲しい。」

「しかし、私では・・・王様の様には・・・。」

「元子が王となった時、我は側にはおらぬつもりだ。その時、皆で悩みながら、ゆっくり答えを出すというならそれでも良い。」

「王様・・・。」

「元子が王としての自覚を持ち、やって行けるまでは、側にいてやって欲しい。」

「承知致しました。」


 黄凜はそう答えながら、何だかソクリの遺言を聞いたようだと思った。先王だった梨花にも、同じように言われた事が脳裏をよぎる。内官に少し話を聞くが、何か隠している様にも思える。

 執務室に戻って書類の山から巻物を取るが、どうにも気になり、余宮医を呼ぶ。

「王様はどこか悪いのか?」

「いえ、そのような事は・・・。」

「そうか、嘘ではあるまいな。」

「はい、ご病気はございません。ですが・・・、多少、不調を訴えておられます。」

「どういう事だ?」

「人生の冬に差し掛かっているのでございます。今は、いわば晩秋・・・。」

「ああ、そういう事か。」

 自分も感じている老いの予感。ソクリが感じていても不思議はない。

「まだ、王妃様も二の妃様も若いので・・・、尚更それを強く感じていらっしゃる様子。中々お泊りにもなれずと・・・そういった所でございます。」

「うーむ。王妃様はご存知なのか?」

「はい、林左将軍から話をして頂きました。ですが、実感が沸かないようで・・・。心配はしているようなのですが、手の打ちようがないと・・・そうおっしゃったそうでございます。」

「分かった。糖尿や心臓なども大丈夫なのだな。」

「はい、そういった症状があれば、初期症状でもあれだけの鍛錬は行えません。」

「ふーむ、分かった。」

 病気ではないのなら、気持ちが落ち着くまで傍観するしかないだろう。老いの予感を感じているのはソクリだけではない。


 翌年の五月、剣術大会の初日の夕方、五百人近い参加の兵がいる中、光常に負けてしまったのは四人は、子供に負けるなど何事だと上官に怒鳴られていた。

 唯一、この日対戦のなかった近衛兵は、三歳から剣を握るという意味を考えさせられていた。剣聖からは対戦になれば、足を使って隙を作らされるから気をつけろと言われてはいたのだが、あれ程までとは思ってもいなかったのだ。

 近衛は全員が明日の対戦で、光常とは最終日まで誰も当たらない。くじ運が良かっただけとはいえ、かなりほっとしていた。

 自分が護衛せねばならない光常に負けたなどという事態になってはどうあっても宰相からの叱責は免れないだろう。案外、減俸というのもあるかもしれないのだ。


 そして、執務室ではソクリと王妃それに、黄凜がいた。

「王様、どうあっても、公子様を寺子屋へ通わせるおつもりですか?」

「約束してしまったのだ。仕方あるまい。」

 まさか、そんな約束があると黄凜は思ってもみなかった。貴族の子供達と同じ寺子屋に光常が通わねばならない理由もない。

「この所、公子様が勉強されていなかったのは、それが理由ですか?」

「ああ、それはだな。師につけていた文官が体調不良を訴えて・・・、少し休ませる事にした。」

「代わりの者がおりましょう。」

「それが、おらんのだ。」

 西洋の文字を勉強するようになってから語学にも興味を持ち始めたらしいと北領の言葉を教える教師をつけたのだが、そもそも、勉強している内容は漢字で書かれた北領の言葉である。三月もすると、普通にならしゃべれるようになってしまった。西洋の文字は難解な部分もあるのだが、教えている文官の方が追いつけない。

「何もやってらっしゃらないので?」

「長光大博士から、少し難しい本を借りて、写本はしておる。」

「丁寧に書くようにと言ってはいるのですが、楽しいと言って、やっているでしょう。とても早いのです。」

「王妃様も寺子屋へやるのは賛成なのでしょうか?」

「それは、心配は心配なのですが・・・、宮を勝手に抜け出すよりは・・・。」

「抜け出す? そんな事をしておられるのですか?」

「何回か・・・。」

 大した外出ではない。少し外を歩き、菓子を買い食いなどして戻って来る。息抜き程度の時間といえば、そうでもある。

「護衛は?」

「大体の居場所は巫女の小雪が分かるようなので、それとなく神殿兵が見張っております。」

「巫女の小雪が?」

「妖を連れて出るからのう・・・。」

「公子様には妖様がまだ見えているので?」

 黄凛も最初の頃は気配を感じたのだが、この頃は全く感じなくなっている。奥宮の女官なども何も感じないと言っているらしいと、護衛兵から聞いていたので、妖様がいるという事すら忘れてしまっている。


「ああ、見えなくなるという事も無さそうだ。」

「ですが、だから安全ともいえません。」

「確かに、それはそうだが・・・。」

「ずっと、通わせるおつもりですか?」

「暫くの間だ。その間に、何か考える。」

「賛成は致しかねますが、護衛を付けてなら、それもよろしいでしょう。」

「護衛はまかぬように言っておく。」

「当たり前です。側にいてこその護衛です。」

「分かった。宰相。」

 ソクリは王妃と顔を見合わせた。

「手を打たされてしまったな。」

「そうでございますわね。」

 初手は、無断外出である。あまり外に漏れるのもまずいので、ソクリと王妃が叱り、それだけで済ませていた。たまには外に出たいという気持ちも分からないではないし、短時間で戻って来ている。そして、剣術大会で勝ち上がったが、それだけではまだ、勝負はついていないとみたのだろう。

 寺子屋に行く約束をしたと、宰相がいる前で言ってしまった。


「宰相が絶対反対なら、行けないと分かっていたのでしょうね。」

「時間が経てば、うやむやにされてしまうしな。」

「審判が公子に手を上げてしまったから、仕方ない。」

「負けでしたの?」

「いや、試合だからな。勝ちは勝ちだが、実戦なら相打ちで死んでいるという所かの。」

「まあ・・・。」

「本当なら引き分けだが、見た目には公子が勝ったにしか見えなかったからな。」

「そうでしたか・・・。」

「負けた兵もかなり叱られておるだろうし、もしかすると本当に俸禄を減らされている者もいるかもしれんな。」

「冗談だとは、おっしゃらないのですか?」

「まあな、今の公子に負けるような兵はいらん。大した減俸ではなかろうし、精進して貰わねば。」

「そうかもしれませんわね。」

「来年からは、抽選も少し考えねばならんかもしれん。」

「くじ引きをどうさないますの?」

「明日の予選では、近衛の優勝候補が四人も一回戦で当たってしまう。逆に公子は一次予選は対戦なしの組み合わせで、二回戦が入隊したばかりの新兵、その後も普通なら初日を勝ち上がる腕ではない。」

「そういう所は運が強いですわ。」

「運の良し悪しも才能ではあるんだがの。決勝当日がつまらぬ試合では・・・話にならん。」

「それもそうですわね。うまくばらけていれば、公子も勝ち残らなかったはずですわね。」

「そういう事だな。」

「では、そうなさいませ。」

 珍しく饒舌だと王妃は思ったのだが、ソクリが本当は何を考えているかまでは分からなかった。


 王妃がソクリの執務室を出てしまうと、きっと、ひどい顔をしているのだろうなとソクリは思った。光常には強くなって欲しいと思うのだが、剣で強くなる事は、誰かを殺す日が近づいているという事を意味している。

 近い将来、光常に誰かを殺す機会を与えるのだろう。いきなり戦場へ出す事はしないとなれば、それは必須事項である。

 いつまでも子供のままでいてくれたらいいのにと、ソクリは一人思っていた。


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