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黒龍神話  作者: 小池 洋子
第2章 永碧帝 白龍
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2-27話 子供達(5)

 山で賊に襲われた翌週、もう、友人は宮にはやって来ないだろうと光栄は思っていた。光常はそんな事は全く考えていなかったらしく、剣の稽古の時間になってやって来たソクリから別々に稽古をすると言ったのに駄々をこねた。しかし、ソクリの考えを変える事はできず、ソクリが子供達に剣を教えると、青龍隊の訓練場へ行ってしまうと、光常はすっかりやる気を失ってしまった。

 剣聖に促され、二人で稽古を始めるが、光常は元気がないまま、稽古を終えた。


 夕食後、珍しく夜になってから自分の部屋にやって来た、ソクリの前で光栄は俯いていた。

「剣聖から、随分とやる気がなかったと聞いたぞ。そんな事では困る。」

「申し訳ありません。」

 自分はちゃんとやっていたつもりだったが、剣聖の目にはそうは見えなかったのだろう。

「元子、お前は剣聖に剣を教えて貰う事が、とても幸運だと思わんのか?」

「えっ。」

「子供達は、これからは我と稽古だと言ったら、大分がっかりしていたぞ。」

「えっ。」

「あの子らは、いつか剣聖に、本当の稽古をつけて貰えると思って、ずっとお前達二人に付き合ってくれていたのだ。最初に薪を拾って売った時、皆、何と言っていたか覚えてはおらんのか?」

「自分の刀を打ってもらうと・・・。」

「そう、ほとんどの武士は軍刀を支給され、それを使っている。自分で刀を持つのは、かなりの腕の兵だけだ。」

「分かってはいるのですが・・・。」

「何をやっても上手くならんというのは、言い訳だ。本気にならんからできんのだ。」

「手を抜いたりはしていないつもりなのですが・・・。」

「多少の努力はしているだろうが、王となるのだ。多少では困る。」

「王に・・・なりたい訳ではありません。」

 光栄がそう言う気持ちも分からないではない。生まれた時から王になると決められているのは、光栄にとって重圧以外の何物でもない。


「そうか。我もそうだ。しかし、元子、それがお前の受けた天命だと、我は思っている。」

「天命・・・。」

「神の命には誰も逆らえぬ。元子、自分を守るのは自分だけなのだ。それが出来ねば、家族をも自分の手で討たねばならぬぞ。公子を自分の手で討てるのか?」

「そんな事・・・たった一人の弟なのに・・・。」

「それが王になるという事だ。」

「母上は公子を守ってやるようにと、私に言います。父上はそうは思ってはいないのですか?」

「我もそう思ってはいる。しかし、今の元子ではそれはできぬ。お前か、公子か、二人に一人しか生きられぬ。」

「・・・。」

「二人が共に人生を歩める道。それを探せ、元子。」

「どうすればいいのでしょう。」

「とりあえずの所、公子が怠けていても稽古をちゃんとやれ。必死になって剣聖に向かえ。」

「いつか、勝てるのでしょうか?」

「剣聖は宮で一番の剣士だからな。だが、未来は誰にも分からんのだ。我が剣聖に稽古をつけ始めた時は、こんなに強くなるとは思わなかった。」

「剣聖に謝りたいと思うのですが、今から行ってもいるでしょうか?」

「この時間なら、まだ、近衛の訓練場にいるかもしれぬ。」

 ソクリは走るように歩く光栄の後姿を見送った。


「さて、次は公子だな。」

 公子殿に行くと、光常は外の石段に座り月を眺めていた。

「公子、どうしたのだ?」

「父上・・・。」

 驚きながら立ち上がる。

「父上こそ、どうして・・・こちらに。」

「今日の稽古、いじけて怠けたろう・・・。悪い子だ。」

 先程の光栄への叱責とは全く違っている。ソクリ付きの内官は、光栄と光常への態度が大きく違うのに疑問を感じていた。王となる光栄に厳しく接しているという以上に違う何かがある様にも思える。

「申し訳ありません。ただ・・・。」

「ただ、何だ?」

「もう、外へ出る事もないのかと思ったら、悲しくて・・・。」

 ソクリは光常の隣に座る。

「外へ出たいのか?」

「はい。」

「理由があるのか?」

「この頃やっと、本に書かれている事と、本当の事は違うのだというのが分かってきました。」

「何が違うのだ?」

「何もかも違います。本当の事は文字では書けません。」

「ほう・・・。だが、だからといって稽古を怠けてはならぬぞ。」

「はい。あの、父上。兄上と違う場所で稽古をしてはいけないでしょうか?」

「何故だ?」

「兄上より上手くなるといけないかと思って・・・。」

「まだまだ、元子の方が強いと思うがな・・・。」

「・・・そうでしょうか?」

「ああ。」

「兄上には、たまに勝てますが・・・。」

「たまにだろ。いつも勝てねば強いとはいえぬよ。」

「父上、一つお願いがあるのです。」

「何だ?」

「兄上に毎日勝てたら、外へ出てもいいでしょうか?」

「元子に勝てた所で、自由に外へなど出せん。そうだな・・・、剣術大会で一日目を勝ち上がったら、外の寺子屋へ、週に一日なら行ってもいい。」

「寺子屋ですかっ。行きたかったのです。」

「但し、居眠りなどしたら、二度と出してはやらんぞ。」

「はいっ。」

「そんなに嬉しいか?」

「それは、勿論です。」

「公子は何になりたいのだ?」

「えっ?」

「大人になったら、どんな仕事をしたいのだ?」

「えっと・・・、まだよく分かりません。」

「公子は大人になったら宮を出て暮らす事になる。その時、何をして暮らすつもりだ?」

「兄上の手伝いをしてはいけないのでしょうか?」

「それも良いだろうが、優秀でない人材は元子の側にはいらぬ。」

「どういう仕事が出来ると優秀なんでしょうか?」

「自分の事だぞ。」

「山へ行くようになって、植物にも育たぬ物と育つ物があるのが分かりました。人も同じで、うまくやれる人とやれない人がいるし、出来る事と出来ない事があるのが分かりました。でも、大抵の事はやればできるのではないかと思うのです。その中から一つを選ぶのは難しいです。」

「では、考えるといい。剣が強くなって、外を出歩くようになれば、何か見つかるかもしれん。」

「はい、分かりました。あの、大人になって宮では自分の仕事がないと思ったら、旅に出て良いですか?」

「どこへ行くのだ?」

「大陸の西の端まで。」

「それは無理だと思うぞ?」

「そうですか? 林大博士は十五歳で家出して、南波まで行ったのでしょう。」


「あれは、特別な才能があるのよ。公子がそんな事をしようとしたら、国を出る前に殺されてしまうぞ。」

「そんなに悪人が多いのですか?」

「山には毒のある植物もあると教えたろう。人も同じなのだ、人に害を与える者もおる。」

「悪人には罰を与えないんですか?」

「飢えた子供を持った父親が、金持ちそうな男を襲って金を奪ったとする。この奪った者は悪者なのか?」

「えっと・・・。よく分かりません。」

「考えるのだな。強くなったら、そう、赤川位までなら行く事もあろう。」

「赤川・・・。」

「そうだ。赤川だ。」

「そこには何があるんでしょうねえ・・・。」

「さあな、自分の目で確かめろ。行くのが楽しい理由とも限らんがな。」

「えっ。」

「もう、遅い。そろそろ、寝ろ。明日の朝はまた走るんだろう。」

「はい。姉上に勝つまでは止めません。」

「残月には勝てなくて良いのか?」

「まずは、姉上に勝たないと・・・。残月に勝つにはもっと鍛錬が必要です。」

 根拠のない発言はどこから来るのだろうと、ソクリは常々思っていたのだが、やれば出来るという前向きな考えから来るのがやっと分かった。

 ソクリ幼い光常が、書の中の解と事実の違いを理解し、個の違いについて理解しているとは思ってもみなかった。これでは師匠もやりずらかったに違いない。

 素直だからやりにくいという言葉も理解できる。理論で完全武装している林博士のような性格ならば、案外生きるもの楽だったに違いない。

 無邪気に挨拶する幼い息子を見て、笑い顔が顔が王妃に似ているのだとソクリは思った。光栄を何となく好きになれないのは性格だけでなく、自分に顔が似ているせいなのかもしれない。

 子供にしてみれば迷惑な話だろうがと、寝殿まで歩きながら考えた。


 一方、光栄は近衛の訓練場に出向いたが、そこには誰もいなかった。

「どうなされたのです?」

「近衛部令・・・。剣聖が訓練場にいるだろうと父上から聞いたのですが・・・。」

「今夜は、外へ出ております。中へどうぞ。」

「はい。」

 近衛部令は茶を持ってこさせた。

「近衛はよく外出をするのですか?」

「賊の探索です。元子様。兵部も監察部も同じようにやっています。」

「そうですか・・・。」

「剣聖にご伝言があれば、お伝えします。」

「いえ、来週の稽古の時に、自分で言います。来週からは、もっと稽古をするつもりだと、それだけ言っておいて下さい。」

「剣聖は元子様はいつもの様に稽古をしたと言っていましたが・・・。」

「剣聖は宮で一番の剣士なのだから、もっと必死になって稽古をしろと父上に叱られました。」

「まだまだ、これから強くなれます。」

「努力します。近衛部令。」

 近衛部令も、帰宅する様子もない。あまり奥宮から出ない光栄だが、厳戒態勢なのは分かる。ここは危険だからと近衛に促され、光栄は自分の宮に向かって歩いた。


 翌週の稽古の日、光栄と光常は剣聖に悪かったと頭を下げた。

「元子様、公子様。謝る必要などございません。稽古をするお気持ちになれない時もございます。」

 剣聖は静かな声で言った。

「少し、聞きたい事があるのです。」

「何でしょう。公子様。」

「あの時、剣聖は一度、父上の所に戻り、それから兄上の所に戻った。理由を知りたいのだ。」

「王様か元子様か、どちらを助けるべきか迷いました。しかし、王様が元子様を守れと・・・。他の方法が見つかりませんでした。」

「父上は公子を守れとは言わなかったのか。まだ我より小さいのに・・・。」

「元子様は、王様におなりになります。王様や元子様がお亡くなりになれば、国が揺らぎます。」

「しかし・・・。」

「身分の高い方から守るというのが近衛の掟です。王様、王妃様、元子様・・・。その他の王族の方々です。大勢の敵に襲われ、王様や元子様を守るだけの人数しかいなかった場合には、他の方々は見捨てるしかありません。」

「そんな・・・。」

 剣聖には光栄の視線が痛かった。


「元子様、それでも守り切れぬかもしれぬのです。ですから、元子様も強くなって下さい。弱い敵ならば倒せる程度にはなって頂きたいのです。公子様は元子様より強くなって下さい。ご自分の身を守れる位に・・・。」

「剣聖は二人はいないのだものな。」

「それもありますが、我も人ですから、油断してしまう時もあります。あの時、何故、王様に自分の刀をお渡ししなかったのかと・・・。叱責を受けました。もっと護衛をつけるよう、何故、進言しなかったのかと・・・。」

「父上にも叱られたのか?」

「いえ、王様は元子様と公子様に怪我が無かったのだから良いと、そうおっしゃって下さいました。」

「剣聖、もっとうんと強くなります。父上と兄上を守れるようになります。」

「公子様、ぜひ、そうなって下さい。私も、もっと、もっと精進致します。」

「宮で一番、強いのに、もっと精進せねばならんのか?」

「外には、もっと強い者がいるかもしれません。そういう者と戦う為には、強くならねばなりません。」

 穏やかな顔で言いながら、内心は光栄や光常以上に気持ちが落ち込んでいた。今回の事件で自覚したのは、自分の師であり、王であるソクリに手傷を負わせる程の手練が世の中には沢山いるという事だ。自分が勝ち続けている剣術大会とて、出場者は三十歳以下の若手のみ。兵部の武将には出場権がない。


 数日前、剣聖は黄凜から近衛部令と共に執務室に呼ばれ叱責された。

「いいか、剣聖。お前が強いのはよく分かっている。だが、近衛としての自覚に欠けておる。王様が、自分で刀を持って戦わねばならぬという状況は白海が沈むか否かの選択を迫られている時だけだ。王様が倒れれば、白海は揺らぐのだぞ。」

「申し訳ありません。」

「王様が何故、お前に剣聖という称号を与え、いかにも宮で一番強い剣士だと思わせておるのか、分からんのか?」

 確かに、自分が宮で一番強くなどない。その自覚はあったが、理由など考えた事もない。

「自分と同年代のお前が、剣聖という称号を得て、元子様付きに抜擢されるのを面白くない者もおる。妬む者もおれば、敵対心を持つ者もおる。お前を倒そうと必死に精進するだろう。そういう気持ちを持つ者こそ、王様が必要としている白海の兵なのだ。強い白海を育てる為に、剣聖という称号が必要なだけなのだ。」

 誰でも良かったのだ。剣聖は実感した。


「さあ、稽古を致しましょう。」

「剣聖、もう、あの者らと稽古をする事はないのか?」

 光栄が聞く。

「元子様と、公子様がもう少し上達され、少し強い相手が必要になれば、呼ぶ事もできましょう。」

「あの者らは我らより強いのか?」

「下級武士の子供達ですから、家でも毎日鍛錬しております。今の元子様と公子様では敵いません。」

「そうか。もっと、ちゃんと稽古をせねばな。」

 光栄は光常に向かって言い、光常は頷いた。


 五月になると王田の田植えをする。今年からは光栄と光常にもやらせる事にするが、警備は厳重だった。宮の外に出る事を、黄凜は一応は反対はしたものの田ならば平地で遠くまで見渡せ、警備もしやすい。

 見張りがいるという安心感からか、光栄と光常も楽しそうだった。

「今年は水が冷たい。」

 田植えを終え、開拓奉行に言う。

「はい、少し田植えを遅くするよう、各地に通達を出しました。」

「そうか・・・、心配な事だの。」

「昨年までは作柄が良かったですから、今年辺りは少し危うい地域もあろうかと・・・。」

「分かった。」

 税の前払い分の備蓄は大分あるし、貴族も米を買い付けている。雑穀も少し買い付けする方がいいかもしれないとソクリは思った。

 ここ三年ほどは小競り合いはあるが、大規模な戦は起きていない。しかし、赤川国では孔将軍の復帰ではかなり息を吹き返している。


 孔将軍を戻したのと同時に赤川の王は貴族の締め付けを始め、これが効を奏しているらしいという報告もある。逃げ出してくる農民も減っているというのであれば、そこそこ王権が強化されているといっても嘘ではないだろう。

「ちゃんと、育つといいですね。」

「そうだな。これから、毎週、草取りをせねばならんぞ。」

「草取り・・・。」

「植えただけでは稲は実らんのだ。」

 それから毎週、光栄と光常は田に生えてくる雑草と格闘する事になり、米を作るというのは大変なのだと実感した。


 五月も終わりに近づくと、毎年恒例となりつつある剣術大会の話になる。誰が優勝するかという賭けが王京の各所で行われ、祭り気分が盛り上がる。

 しかも、今年の剣術大会には公子様が参加するという、どこまで勝ち進めるかを民までもが噂した。


 そして剣術大会の日、出場者は参加するのは光栄だとばかり思っていたのだが、対戦を決めるくじ引きに現れたのは光常だった。

「参加するのは公子様なのか?」

「まだ、小さいのに・・・。」

 参加する王子に負けたら罰金として俸禄を減らすと、兵は通達されていた。幼い元子に負けるはずもないのだが、では、どうやって勝つかというのが大問題である。

 本気で掛かれば怪我をさせるかもしれないし、しかし、あまり手抜きをしているように見られるのもまずい。参加者達は一回戦で光常と当たらない様に祈っていた。

 当たってしまったのは、剣聖と同じ時期にソクリから剣を指南されていた兵部の武将である。

「どうするつもりだ?」

 同僚が聞く。

「楽勝じゃないか。」

「しかし、怪我でもしたら・・・。」

「剣の試合だぞ。誰だって怪我くらいするさ。」

「・・・。うまくやれ。」

「当たり前だ。」

 試合になり、小さな光常と向かい合う。自分の背丈程もある木刀がいかにも重そうだった。しかし、やる気はあるらしい。武将は一気に勝負をつけるべく、付きを入れる。入ったかと思ったが、身軽は光常はうまく避けた。

 やるなと思った瞬間に懐に飛び込もうとする。しかし、受けた木刀を払うと、木刀が中に飛んだ。

 光常は首に刀を突きつけられ、審判が武将が勝ったの合図を行い、試合は終了した。周囲はそれはそうだろうと、それしか思わなかったのだが、相手をした兵は、これは強くなると予感した。

「公子様、来年も出場されますか?」

「ああ、勿論だ。」

 まるで大人の答えだと兵は感じた。

「では、また来年、対戦致しましょう。」

「一回戦はくじ引きだろう。また、来年当たるとは思えないが・・・。」

「では、勝ち上がっていらして下さい。」

「精進して、もっと強くなるから、その時まで、待っていてくれ。」

「そうそうは、待てません。三年で三十歳になりますから・・・。」

「では、それまでに・・・。」

 光常は兵に礼をして近衛兵が多くいる場所に行ってしまった。

「まだ、子供だな。」

 同僚が言う。

「今はな、あれは強くなるぞ。」

「少し強くなったからといって、負ける者はいないだろう。」

「そうか・・・。油断は大敵だぞ。」

 兵は同僚にそう言って笑った。そう言いながらも昨年までの自分を思い出していた。毎年、最終日まで勝ち残りはするのだが、優勝は出来ない。同僚は相手が強かったと言うのだが、実力はそう変わりない様に思う。気持ちの差が出るのだろうと、昨年から近衛に出稽古するようにし、剣聖とも何度も打ち合った。

 剣聖が相手によって戦法を変えているのが分かった。中々できない業だろうし、剣聖自身はあまり意識はしていないだろう。技の組み合わせの多彩さが剣聖の強みだ。どれだけ身についたかは分からないが、何か少し自信がついた気がしたのだが、それが油断につながるかもしれないと気を引き締める。

 近衛兵から説明を受けながら、光常は剣の試合をずっと見ていた。


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