表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

Little Secret

ボビーが眠る丘陵地の墓地。最近は深夜まで長時間スタジオにこもって練習しているメンバーが今日は青空の下に集まった。


リーダーでボーカルのクリストファー(クリス)

ドラムのジョーイ

キーボードのアルフレッド

ベースのデイビー

そしてギターのレイク


レイクが脱退したあとで正式メンバーになったロンもやってきた。脳梗塞で左半身が不自由になっていたロンは杖をついての参加だった。


ロートレック解散後、それぞれの人生を歩んできた男たちは全員がほどよく枯れていた。再結成が決まってからは演奏テクはもちろんだが、ステージに立つ自分の姿をイメージしてジムに通ったり、こっそり植毛したり、少しでもファンの期待を裏切らないための努力は惜しまなかった。

地元の仲間とバンドを続けていたレイクは中でも現役時代にいちばん近かった。濃いブロンドは色あせたとはいえ、豊かな髪も残っていた。

ジョーイも無駄な脂肪を蓄えることなく、決して大柄ではない体でプロレスラー並の筋肉質な腕は維持していた。

中性的なルックスで女の子からの人気が高かったデイビーはスレンダーな体型はそのままで定番のレザーのパンツをはきこなしていたが、すっかりスキンヘッドになっていた。それもまたセクシーではあったが。


「ボビー、今日はみんなで来たよ。ロートレックを再結成するよ」


クリスが静かに墓石に向かって語りかけた。

その後ろ姿を見ながらジョーイは過去のことを思い出さずにいられなかった。


ジョーイはボビーが同じ人種ゲイであることに気づいていた。そしてその視線の先にいるのは常にクリスだった。

それに気づかない、あるいは気づかないふりをするしかないクリスはストレートだった。

クリスが婚約を発表した頃からボビーはドラッグに依存するようになり、リーダーとしてのクリスから


「ドラッグをやめるかバンドを去るか」


という選択を強いられた夜に事故死した。

酔った勢いとはいえホテルの窓から衝動的にジャンプしたジョーイにはボビーの気持ちが痛いほどわかった。自殺未遂の原因はレイクからの別れ話だった。

だけどあのベルリンの夜、死なないでよかったとジョーイは思った。40年かかったが、ふたたびレイクとの関係は復活した。あの時代と比べたら、社会はLGBTに対してかなり寛容になってきている。一緒に暮らし始めて、レイクの二男もゲイだと知らされたジョーイだった。


クリスはみんなより長くボビーの墓の前にたたずんでいた。

40年の間、クリスだけはことあるごとにボビーの墓を訪れていた。ドラッグをやめるかロートレックを去るかという最後通告がボビーを追い詰めたという自責の念。しかしそれはリーダーとして当然の行動だった。

そしてそれ以上にクリスを苦しめたのはボビーとの関係だった。自分に向けられるボビーの強い視線に気づかないほど鈍感ではなかった。メンバー内にはジョーイとレイクというゲイカップルも存在していた。個人の性的嗜好を差別したりとがめたりするほど古い人間ではないとクリスは自負していた。


ある時、徹夜での練習後メンバーで飲んだあとクリスはバスルームで顔を洗っていた。ドアが開く気配がした。顔を上げて鏡を見ると背後に立つボビーと目が合った。


「ハーイ、ボビー。今替わるよ」


タオルで顔を拭いていると後ろから抱きしめられた。


「ボビー? 酔ってるのか?」


ボビーは無言のまましゃがみこむとクリスのベルトを外し始めた。


「What?」


「お願いだ、クリス。一度だけでいい」


ボビーがしようとしていることがわかったクリスは混乱した。


「ボビー、無理だ。やめてくれ。僕はストレートだ」


ボビーの頭を両手で押さえながら、それでも部屋にいる他のメンバーに配慮して小声でクリスが抵抗した。


「一度だけでいい」


絞り出すような声でボビーは懇願した。


酔いと99%の憐れみと、あとの1%は男のオーラルセックスなどで堕ちてたまるかという意地にも似た自信がクリスの抵抗を止めた。

しかしクリスの根拠のない自信はあっけなく崩壊した。初めて経験する禁断の感触、突き上げる絶頂のあと小さなうめき声とともにボビーの口の中で果ててしまった。


「クリス、キミが好きなんだ」


手の甲で口を拭いながらボビーが言った。


「汚らわしい」


崩れた自信と自分にもそのけがあるのではないかという恐れと戸惑い。自分に向けるべき嫌悪感をボビーにぶつけたクリスだった。


「誰にも言わないよ。僕たちだけの小さな秘密だ。でもきっとキミはこの瞬間を忘れられなくなる」


さみしい笑顔で予言して、ボビーはバスルームを出て行った。


「Shit!」


クリスはシャワーを浴びた。熱いシャワーで汚れた体を洗い流したかった。しかし体のもっと奥の方に残った疼くような快感はまだ鮮明に残っていた。


「Shit!」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ